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憤懣
(六)
男の下で過ごしてからいったいどのくらい経っただろう。
『今日の暮れ六つ(18時30分頃)時、望みどおり阿片をくれてやる。先方と繋ぎを取ったから、刻が来たらお前は俺と一緒に四谷にあるお稲荷さんが奉ってある社へ向かう』
男からそれを聞いた藤次郎は逸る気持ちを抑え、男が腹ごしらえに出かける時を待ち、銀之助がいる隣の宿屋へ向かった。
それさえも罠だとは知らずに……。
男は藤次郎を尾行していた。
まさかとは思っていたものの、藤次郎が隣の宿屋に入ったのを確認するといよいよ裏切りはあったのだと彼は思った。
家々の陰から宿屋を覗くが、どこに誰がいるのかわからない。
そこで男は女中に嗾(けしか)けてみることにした。
「ちょいとお尋ねしやすが、ここに藤次郎様のお連れの方がおりやせんか? 至急、お伝えしたいことがございやして……」
つらつらと言ってのけると、女は大きく頷き、二階のお座敷においでだと告げた。
それは藤次郎の裏切りが発覚した瞬間だった。
男は怒りに戦慄き、唇を噛みしめる。
「あの、お客さん? 差し支えがなければご案内いたしましょうか?」
ふいに黙った男を不信に思ったのか、女中が話しかけてきた。
「いえ、お二人のお邪魔はいけませんから、また来やす。どうぞお気になさらず。余計なことで心配をかけたくありやせんので、どうかここにあっしが来たことはお伝えしないでくだせぇ」
男は噛みしめた唇を解き、笑みを作ると踵を返し、宿屋を後にした。
(さて、藤次郎をどうしてやろうか)
気に入っていた分だけ怒りは増す。
どす黒い感情に覆われた男は藤次郎をきっと戒めてやると自分を宥(なだ)めた。
―憤懣・完―
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