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「その頭、わざと?」 執務机をパーティションで仕切っているにも関わらず。 わざわざ顔を出して、隣の席に座っているヤツが僕に向かって言った。 気になるのは、わかる。 わかるよ? しょうがないだろ、天パなんだから! 天パだから、短くしすぎるとクルクルなって爆発して、収拾がつかなくなるんだよ! だから、肩くらいまで伸ばして一つに縛って。 端正な髪型ではないだろうけど、清潔な髪型にはしているんだよ!! っていうか、お前、今日入ったばっかの新人だろ?! 先輩にたいして、そんなタメ口とかキける立場か?! しかも、人が一番コンプレックスを抱えている部分をピンポイントでついてくるなんて、非常識にもほどがある!! しかも、悔しいことに。 僕に暴言を吐いた、コイツのスペックが高すぎる。 高長身、高学歴、顔面偏差値75。 収入は僕にはまだ敵わないけど、バブリー世代の〝三高〟を凌駕する〝四高〟になる日も近い気がする。 僕はメガネを右手で掛け直すと、ヤツを睨む勢いで見返した。 「お前、名前は?」 「柴崎高嶺です」 うろ覚えだったコイツの名前を聞いて、僕はさらに力が抜ける。 コイツ………名前まで、ハイスペックな名前なのかよ………。 「僕の名前、知ってる?」 「岩田岬、だよね?」 「僕はお前の何?」 「同僚……先輩かな?」 「僕のこと、先輩って本当に思ってる?」 「………まぁ、多少は」 多少?!多少ってなんだよ?! 僕は付箋にボールペンを走らせて、それをペリッと剥がすと、憎たらしいハイスペック野郎のデコッパチに貼った。 〝居敬窮理〟 黄色い付箋に大きくそう書かれた付箋が、ハイスペック野郎のデコッパチでなびく。 「意味わかったら、口聞いてやるよ。新人」 決まった……!! ハイスペック野郎に勝った……!! 僕は変な優越感に浸って、そのままソイツから視線を背ける。 ………変な、ヤツ。 人事も、大概無能だよな。 なんでこんなヤツ、採用したんだよ。 しかも、なんでこんなヤツを僕の隣に座らせたんだよ。 この時ふと、机の端に置かれていた社内回覧が目に止まった。 〝本日18時から、歓迎会開催!!今年入社の新人社員並びに異動で来られた方を歓迎しましょう!!〟 ………何が、〝歓迎しましょう〟だ! 欠席だ、欠席!! 誰かハイスペック野郎を歓迎するもんか!! 僕だってな、天パなりに忙しいんだ!! 僕は回覧板に大きく〝岩田、欠席〟と記入すると、パーティション越しにいる真向かいの同僚に手渡した。 「………ん、………な、に……」 変に凝った照明が煌々と部屋を照らして、僕の目を焼くように明るく照らす。 どこだ、ここは……? 歓迎会なんかすっぽかして、馴染みのショットバーで飲んでた、までは覚えてる。 ムカつくハイスペック新人の愚痴なんかを、マスターに聞いてもらって、隣に座ったヤツと軽く世間話して。 潰れる要素なんて全くなかったのに、酒を煽り過ぎた後の耐え切れない頭痛が僕を襲う。 ちょっと………静かに寝かせて………。 さっきから、なんだよ。 頭が痛くて仕方がないのに、視界が上下するほど動かされてる。 液体が擦れる音がして、僕の腹の中で何かが蠢く感覚がした。 上下に揺れる視界にあわせて、リズムよく下半身が貫かれるこの感覚………。 「!!」 一気に覚醒した。 僕………ヤラれてる?! 手に力を入れて、重たい体を持ち上げると、目の前に信じがたい光景がひろがっていた。 「……なんだ、目ぇ覚ましたの?」 ………なんだじゃねぇよ。 ハイスペック野郎が、なんで目の前にいるんだよ。 しかも、なんで服着てないんだよ! さらに言うなら、なんで僕にツッコんでんだよ!! あまりにも信じがたい、過酷すぎる現実を突きつけられた僕は、ギンギンに勃っていたナニが一瞬で萎えるほど狼狽した。 「……あーあ、萎えちゃった」 「なっ………何、言って………」 ハイスペック野郎は僕の胸を軽くおして、僕を再び仰向けに押し倒す。 「もうちょっとだから、さ。大人しくしててよ。さっきみたいに、またかわいい声で喘いで。感じまくってよがって見せて。………ね、岬」 そう言うと、僕の腰を高く持ち上げ、また激しいピストン運動をおっ始めた。 さっきまでとは比にならないくらい、体の奥深くまでハイスペック野郎が侵入してくる。 「やめ………や、やぁ………」 「………やだ、じゃないでしょ?めちゃめちゃ敏感なくせに」 どう抵抗しても、どう懇願しても。 憎たらしいハイスペック野郎は、僕の願いを聞き入れず。 全身を蝕む酒と、ふりかかったありえない現実に、精神が崩壊しそうで。 ………目を瞑って、僕は、全てが終わるまでただひたすら耐えるしかなかったんだ。 ………クソッ! 覚えておきたくないけど、覚えてろよ!! 「色、白いですね。肌もスベスベだったし」 「…………」 「細い割には、しっかり筋肉ついてるから、抱き心地もよかったし」 「…………」 「前立腺、って言うんですね?シコリみたいなとこに当てるとさ。めちゃめちゃよがって、女の子みたいだったな」 「…………」 「髪さえサラサラなら、文句なしなんだけど」 「!!」 隣の席のハイスペックな新人野郎が、殺意が芽生えるほど、流暢に卑猥な言葉を垂れ流す。 その卑猥な描写のモトとなっているのは、明らかに昨日の僕で。 僕はつい、力の加減を見失って、手にしていたボールペンを真っ二つにへし折ってしまった。 ………お気に入りのヤツだったのに……。 クソーっ!! 覚えてろよ、とは思ったさ。 思ったけど、ここまでハッキリと事の成り行きを覚えておけとは思ってない!! 総合的に判断して、僕はかなり分が悪い。 だから、僕は。 卑怯にも全てを忘れることにした。 「……さっきから何、卑猥なこと言ってんだよ」 「いや、昨日のアンタだし」 「それな、人違いじゃね?」 「人違い?」 「お前なんか、知らないけど?」 「は?」 「夢でも見てんじゃねぇのか?」 「………そう」 言葉に詰まるハイスペック野郎を見て、僕は小さくガッツポーズをした。 よし! このまま押し切れ!! 僕なんかと喋ってないで、さっさと仕事しろ! 見ろ! お前の処理すべき図面は、脇机に山積みだろ!! 一旦、パーティションの奥に引き下がったハイスペック野郎は、スマホを持って再び僕の前に顔を出す。 「なんだよ、まだ何かあるのかよ」 スマホの画面いっぱいに、僕のアラレのない姿が映し出されて、画面をいっぱいに上下にゆるている。 『んぁあっ、あぁっ、ああ』 『……岬、いい?』 『いいっ、あっ! やっ、そこ……やぁ』 『岬、俺の名前呼んで』 『たかねっ!……あぁん、あはぁ!』 …………ハメどり、ってヤツか? これ。 初めてハメどりってのを見たけど、まさかその画像が自分自身の画像だと。 1週間前の僕は、想像できただろうか? サーっと、血の気が引く音が聞こえる気がした。 「岬、あんたでしょこれ?」 「…………消せ」 「やだ」 「ここは職場だ! 卑猥な映像を垂れ流し、僕に似ている他人を僕だなんて言うな!」 「じゃあ、他の人に見せていい?」 「いいわけないだろ!!」 「じゃあ、俺の言うこと、聞く?」 「…………」 「今日も、あのバーで待ってるから」 「…………」 「わかった?」 有無を言わさぬハイスペック野郎の言葉に、僕は、縦に首を振るしかなかったんだ。 僕は、業界では中堅のデザイン事務所にいる。 建築、インテリア、文房具にいたるまで。 各部門のデザインが統一かつ、スタイリッシュにトータルコーディネートできるのが売りだ。 僕は、そこの建築部門にいる。 たまに注文住宅のデザインが入ったりするから、だいたい僕はその構造計算書を作ったり、工期課程のチェックを入れたりして。 それなりに忙しい。 忙しいんだ!! だから、ハイスペック野郎にかまけてる暇なんかない!! なのに……。 僕はあの画像の流出を恐れ、なんとこの間まで大学生だったケツの青いヤツに脅される形となったわけで………。 ………言われたとおり、バーまできてしまった。 ただ、中に入ることができない。 ………悔しいし、でも……。 「何してるの?」 「ぅわぁぁっ!!」 大の大人が、情けない声で叫んでしまった。 ………なんで、なんで背後に立ってんだ!! このハイスペック野郎は!! 「もしかして、早くホテルに行きたかった?」 「ンなわけあるかっ!」 「じゃあ、一杯飲もうか?」 正直、昨日の生々しい記憶や、日中の卑猥な画像のせいで、一杯どころじゃなく多量の酒を煽りたかったのは事実で。 ………でも、流されなくないし。 変に葛藤して、僕は言葉を発することができなかった。 「じゃ、ホテルね」 ハイスペック野郎は、僕の腕をガッツリ掴むとネオンの煌めく路地へと進み出す。 「い、いや!お前っ!ちょっ……」 「悪いんだけど、俺、すぐヤリたいから」 「…………」 どこまで、勝手なんだ……!! どこまで、俺様なんだ……!! その気迫に押されて、僕はハイスペック野郎に連行されるように、その路地に誘われた。 ありえない……。 ありえない、し。 風呂場だ、ここは。 体をキレイに洗うところだ。 したがって、ヤル場所じゃない。 なのに、風呂の壁に両手をつかされた僕は、後ろの……本来、入れるべきところじゃない所に、ぬらぬらした何かを入れられ、容赦なくハイスペック野郎がその中を突き上げる。 ………素面で、こんなことをするなんて思わなかった。 マジで……ありえねぇ。 「………っ!」 「今日は、めちゃくちゃ締まってるね」 そうじゃない……そうじゃないだろ。 ………早く、こんな状況から抜け出さなきゃ。 じゃなきゃ。 僕は、年下俺様のハイスペック野郎の下僕に成り下がるぞ……!? しっかりしろ!! 僕!!

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