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#2
「…………」
隣で寝ているハイスペック野郎の寝顔が、余りにも無防備で、僕は言葉すら出てこない。
さっきまで「オラ、よがれよ」だの「腰ふれよ」だの、散々僕に命令していた俺様野郎が、子どものような無垢な顔をして寝ていて。
ムカついて仕方がなかった僕は、今のこのチャンスに何かしら仕返しがしたいと、ずーっと考えていたはずなのに。
その寝顔は……なんだか、反則だ。
何かやったら、バチがあたりそうな。
そんな、気になってしまう………イケメンは、罪だ。
だからと言って、何んでもしていいワケじゃないだろ!!
こいつだって、僕が泥酔してワケが分からんうちにハメどりなんかしてんだ!!
ちょっとくらい反撃したって、いいと思う!!
僕は違和感ハンパない腰をズルズル引きずりながら、鞄の中をゴソゴソして、一本の油性ペンを取り出した。
………先輩を舐めるなよ? ハイスペック野郎!!
「柴崎くん、その手何? めちゃめちゃ綺麗ね!」
「本当!! どうしたのこれ?」
「…………」
ハイスペック野郎が、言葉につまるのを初めて見た。
………ふふふ。
ザマァみろ!!
馬鹿にせず、それでいて洗練された僕のイタズラ。
左手の薬指に、細かな線で描いた指輪のような落書き。
場所的に自分は見落としやすいけど、他人には気付かれやすい。
そんな場所に意味深な、指輪の落書き。
女子が、気にしないはずないよなぁ。
さっきから隣の席には、噂を聞きつけた女子がひっきりなしにやってくる。
やってきては、同じ質問をしてハイスペック野郎を辟易させていた。
「先輩、ちょっと」
女の子な波が引いた頃、ハイスペック野郎がめずらしく、僕を敬う言葉を使って話しかけてきた。
「何?」
「資料室の場所、教えてください」
「階段降りた、地下の……」
「今の図面が前に先輩がしたヤツなんで、できれば一緒にきてもらえませんか?」
「幼児かよ、おまえ」
「お願いします」
妙にしおらしく、妙に流暢に敬語をはなすハイスペック野郎に若干の違和感を感じながら、僕は「わかったよ」と面倒臭そうに席を立った。
「……っあ、や…!!」
ハイスペック野郎が、資料室の鍵を二重にかけた時、なんとなく違和感を感じた。
しかし、感じたのが遅すぎた……!!
資料室の戸棚に押し付けられ、身動きが取れなくなった僕を、ハイスペック野郎は盛った犬みたいに前を弄び、後ろを奥深くまで何度も貫く。
「こんなことして……!! 欲求不満か? あぁ?」
「ちょ……やめっ……っんあぁっ!」
「よがんなよ、謝れ!」
昨夜は、散々「よがれ」って言ってたくせに。
「……や、やらぁ……」
「はぁ?」
「おまえ……が、謝………っれ!」
「はぁぁ?!」
僕は、折れるつもりはなかった。
いつ、その鍵を開けて人が入ってくるかもわからないこの状況。
別に見られてもいい。
そのかわり、堕ちるのはコイツと一緒だって腹を括っていたんだよ、僕は。
なんでも思い通りに………なってるけど、なると思うなよ!!
「いててて……」
さっきから、腹の調子が悪い。
その理由は、あまりにも明らかで。
僕は軋むように痛む腹を握りしめ、隣にすわっているであろう、ハイスペック野郎をパーティション越しに睨んだ。
盛った猿かっ!!
さもなきゃ、絶倫かっ!!
昨日もガンガンにヤッタよな?!
腹いせか知らんが、平日の真昼間、職場でヤルってどういうことなんだよ、このバカッ!!
……あぁ、でも。
腹痛くて、しんどい……。
最近、残業も続いてたしなぁ……。
上も休め、って言ってるし。
僕は、社内コミュニケーションツールにアクセスして、こっそり有給休暇を申請したんだ。
帰る、絶対に帰る。
帰って、ひとまずトイレに篭る!!
スッキリしたら、取り敢えずなんか食う!!
なんか食ったら、泥のように寝てやる!!
寝てやるんだーっ!!
ピンポーンーーー。
呼び鈴が部屋中に響いて、僕は目を覚ました。
カーテンを閉め忘れて寝ていたらしい。
昼だった外の風景は、真っ暗にかわり。
深く、気持ちよーく寝ていた僕を、非常識な呼び鈴が邪魔をしてくる。
……ったく、何時だと思っているんだ!!って、20時か……。
何だ? 宅配か?
腹はスッキリしているけど、頭がぼんやりしていて。
その頭を掻きながら、僕は玄関のドアを開けた。
「はぁい」
「なんだよ、その頭」
玄関のフレームいっぱいに、ハイスペック野郎が映し出されて、僕は思わず玄関を閉めてしまった。
……んだ? なんだ?? あれ?! 夢か?!
ドアノブの握りしめたまま、回らない頭で考えあぐねていると、いきなりドアが開いた。
ドアノブを握りしめた僕は、ドアごと引っ張られる。
「どあっ!?」
思わず出た言葉が、どあっ!?てなんだよ、どあっ!?って。
この期に及んで、無意識に昭和なオヤジギャグを言ってしまうなんて……!!
「……腹、痛ぇの?」
この……ムカつく声!!
夢でも、幻覚でも、幽霊でもない!
本物の、ハイスペック野郎だっ……!!
「帰れっ!」
「いや、帰らない」
ハイスペック野郎は、僕を相撲のように寄り切ると、玄関まで難なく侵入して玄関の鍵をかけた。
「……石鹸の香り。でも頭、爆発してんな」
「うるさい!! 帰れ!! 俺は病気なんだよ!!」
そう言ってハイスペック野郎の体を押した瞬間、頭がファーッと熱を発してクラクラしてきた。
不覚にも、絶対に許せないことに、僕はハイスペック野郎の腕にしがみついて体を支えてしまった……。
なんだよ、これ。
思いっきり、頼ってんじゃねぇか……。
オワタ、オワタヨ……ボク。
「おい、熱あるぞ?」
「うるせーっ!! 全部お前のせいだろ!! おまえが中に出して放置したりなんかするから……。するから……。ぁああ……やべ……」
足が立たなくなって。
興奮して一気に捲し立てたから、日頃冷たいほっぺたや脛のあたりまで熱くなってきた……。
こんなに熱がでるのって……20年ぶりくらいか?
……天パ以外は、健康でそれなりに勉強も好きで、それとなく彼女もいて。
ハイスペック野郎みたいに偏差値75なんてところにいるわけじゃないけど、偏差値51くらいににはいた僕の人生が。
ハイスペック野郎のせいで、ガタガタに崩れていく。
……なんか、だから。
腹が立った。
腹が立って、妙なこと口走った……ような気がする。
「責任、とれ〜! 嫁にいけなくなったじゃないかぁ〜! バカぁ〜!」
…………一連のことが、遠い昔のような感じがするくらい。
深く、眠った気がする。
おでこにはぬくるなった冷却剤が貼られていて、シャツも着替えさせられている。
枕元には経口補水液がゴロンと転がっていて、何口か飲んだような形跡があった。
こんなことをしてくれる彼女もいなければ、親もいないのに。
体を起こして、辺りを見渡すと。
ソファーに寝ているハイスペック野郎の姿が……。
…………マメなやつ。
普段から、このマメさを発揮しろって。
そしたら、受け入れてやらないことも………ない、ことはない……んだぞ?
そんなことを考えながら、ハイスペック野郎を眺めていたら、よりにもよってハイスペック野郎が目を覚ました。
「もう、いいのかよ」
「まぁ、な」
「昨日のアレ、何?」
「アレ?」
「〝嫁にいけなくなったじゃないか〟ってヤツ」
「……あー」
「誰の〝嫁〟に行くつもりだったわけ?」
え?
聞くとこ、そこ?
「いや……具合悪くて、口走っただけだし」
「誰?」
「いや、だから……」
「誰なんだよ!!」
いつも、どんな時でも暖簾に腕押しみたいなハイスペック野郎が、めずらしく声を荒げた。
ソファーからワープしたんじゃないか、ってくらいのスピードで。
ハイスペック野郎は、ベッドの僕の肩を押さえ込みそのまま馬乗りに組み敷く。
「俺じゃダメなのかよ!!」
「はぁ?」
「おまえを嫁にするの、俺じゃダメなのかって聞いてんの!!」
「はぁぁ?!」
「オラ、嫁にしてくださいって、言え!!」
「はぁぁぁっ?!?!」
おそらく、ハイスペック野郎が欲しいであろう、僕の言葉を待たずして。
ハイスペック野郎は、病み上がりの僕の衣類をひっぺがえし。
光の速さの如き勢いで、行為に及ぶ。
「……っあ、や……病み……上がりぃ……」
「関係ない!! 早く言えっ!!」
「……んぁあ、やっ……むりぃ………むりぃ」
そこから、ハイスペック野郎の、拷問のような激しいセックスが延々と続いたのは言うまでもない。
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