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#3
それからというもの。
ハイスペック野郎は、相変わらず僕に絡むから。
僕は僕で、ハイスペック野郎に〝イタズラ〟で返すということを繰り返していた。
まぁ、その……。
ハイスペック野郎の強引さに、ノーと言えない自分も悪い。
ハイスペック野郎の、ほぼほぼレイプ風味なセックスに抵抗できないのも悪い。
だって、力じゃ頭じゃ。
真っ向勝負したって叶うわけないじゃないか。
と、いうことで。
ヤられた次の日は、必ずイタズラで返すことにした。
なんのSMプレイか、っちゅーくらい縛られた日は、社内電話の受話器に両面テープを貼った。
題して〝ちょっと!受話器とれないですけどーっ!〟作戦。
ハイスペック野郎の卓上電話が鳴るにも、受話器を取れず。
パーティションの奥から「あれ?! あ?!」なんて声が聞こえるから。
大爆笑したくなるのを、口を押さえて我慢した。
また別の日には、ヤツの鞄に単一乾電池10本を入れ。
また別の日には、ヤツの卓上に放置してあるありとあらゆる文房具に両面テープを貼り、全部固定してやった。
消しゴムから、ステープラーから、もう全部。
その度に、ハイスペック野郎から似つかわしくない、焦った声を上げるから。
実のところ、イタズラを仕掛けるのが楽しすぎて。
一種のマイライフになってしまった感は否めない。
こんなことをしていたら、いつかはハイスペック野郎も僕に執着しなくなるだろ、多分。
「いつになったら、なってくれんの?」
「何に?」
僕の両手をネクタイで縛り、ハイスペック野郎はベッドに乱暴に放り投げる。
ハイスペック野郎は、ウィスキーを瓶ごと口に含むと、ラッパ飲みした。
相変わらず、SMの王様のような目つきで僕を見下ろす。
「俺のモン」
「はぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ」
「どうやったら、なってくれるんだ?」
「はぁ?」
つくづく、言っている意味がわからない。
分からないけど、今日のハイスペック野郎は、いつもとどこか違った。
声音に自信がない、というか。
手先が少し震えてる、というか。
なんか、変だった……。
「何、言ってんだよ……おまえ」
「……せ」
「はぁ?」
「ゆ……る、せ………許して……」
「はぁぁ??」
「キリヤ……許して……」
キリヤって、誰だよ?!
僕は、岩田だよ!
岩田なんだよ!!
つーか、おまえ……酒、どんだけ飲んだんだよ?!
「ちょっ……おまえ、何言って……」
「キリヤ……キリヤ………!!」
見ず知らずの名前を呟きながら、ハイスペック野郎は、僕の中に強引ねじ込んでくる。
……いや、無理だろ。
なんで、見ず知らずのヤツの身代わりなんかしなきゃなんないんだよ!!
ほぼ、本能的に。
自由の効かない両手を握りしめて、ハイスペック野郎の肩に振り下ろした。
「がっ!!」
ハイスペック野郎から、聞いたこともない情けない声が上がって。
一気に力が抜けたかと思ったら、僕の上にドミノのように倒れ込む。
うまいこと、入ったのはいい。
我ながらビックリするほど、いいトコに入った。
しかし、入れた瞬間後悔した。
腕……がっちり結びやがって……抜けだせねぇ!!
加えて言うなら、体格的に僕のはるか上をいくハイスペック野郎を動かすこともできず。
「あーあ……なんだよ、マジで」
諦めて、僕は腕をハイスペック野郎の肩に回した。
……ま、いっか。
しばらくは、そのままにしてやっか。
足の間でヤツの暴君が、王子様くらいになるのを感じながら。
ハイスペック野郎の弱い部分を見た気がして、つい一人っきりにさせることが出来なかったんだ。
✳︎✳︎✳︎
「柴崎、おまえの名前〝たかね〟? 〝たかみね〟? どっち?」
そう俺の名前を聞いてきたヤツが、ビックリするほどの天パってのは、すぐ分かった。
肩より少し長めに伸ばして、一つにまとめて。
スッとした切長の大きな目を囲むように、濃い紫色のフレームの眼鏡をかけて。
男なのに繊細で、華奢で、キレイで。
しかも距離まで近いのか、間近に顔を近づけてにっこり笑う。
「……え、っと?」
「あぁ、ごめんごめん。オレ、里中研究室3年の霧矢美崎。おまえ、里中研究室に希望だしたろ?」
「はぁ……」
「助教がおまえの名前の読みが分かんないからって。で、どっち? 〝たかね〟?〝たかみね〟?」
「〝たかね〟です」
霧矢美崎と名乗ったそいつは、「〝たかね〟ね。サンキュー」と軽く呟くと、助教から預かったと思しき紙に書き込んだ。
「オレと一緒だ」
「何が?」
「オレの名前も、苗字みたいなの! 〝みさき〟って〝美しいに川崎の崎〟って書くからさ! 高嶺もそうだろ?」
そう言って、霧矢は実に楽しそうに笑って、俺の肩を叩いた。
………その瞬間の、直前まで。
俺は、自分のことをノーマルだと思っていた。
女の子が好きだし、アダルトなビデオだって見るし、胸は大きいに越したことはない。
髪はサラサラのロングヘアが好みだし、小さくて筋肉なんてろくすっぽない、柔らかな体を枕にしたいなんて願望もあったのに。
その瞬間の、直後から……。
願望と理想の全く真逆にいる、コイツ。
霧矢美崎に、一目惚れをしてしまったんだ。
大学2年の終わり、俺はあろうことか男に恋をしてしまったんだ………!!
それからというもの、俺は完全なアブノーマルにクラスチェンジする。
そのキレイな手指に、触れたい。
その笑顔を、俺だけに向けて欲しい。
その……その……その………って具合に、欲望が積み重なって、思春期の中坊か!ってくらい胃も痛くなる。
それでも、今の関係を崩したくない俺は、ジッと修行僧のように我慢していたんだ。
ある日俺は、研究室に忘れ物をして夜遅くに、研究室に行った。
………あれ? 電気、ついてる?
ドアから漏れる明かり。
そして「……けよ!」「…やっ!」なんて、痴話喧嘩みたいな声も響いて……恐怖心に駆られつつも俺は、ソッとドアを覗いた。
「……やめっ! ……離して…くださっ……!!」
真っ青な顔をした霧矢が、壁に押し付けられて必死にもがいていて。
「ずっと好きだったんだよ、美崎くん……。なぁ、いいだろ?」
霧矢を壁に押し付け、首筋に舌を這わせながら助教が煽る。
……頭が………真っ白になった。
助けに行こうにも、足が動かない……。
情け無くも。
俺は大好きな人が、レイプされる一部始終を目撃することになってしまったんだ。
シャツのボタンが弾けて、霧矢の白い肌が露わになる。
シャツで両手の自由を奪われた霧矢は、抵抗することもままならず、助教に乱暴に組み敷かれた。
今にも泣きそうな声と助教の煽る声が交錯し、俺自身、夢の中にいるのか現実なのか区別がつかなくなってくる。
ほぼ這いつくばる形で、俺は暗い廊下の隅に移動すると、耳を塞いでことが終わるのをただ待っていたんだ。
しばらくすると、助教が衣服を整えて研究室から出てきた。
……霧矢……!!
霧矢は?!
俺は、転がり込むように研究室に入る。
床に、茫然自失の状態で霧矢が倒れていた。
どこか視線が定まらない瞳からは、涙がこぼれ落ち。
白い肢体には、情事の跡がくっきりと残る。
たまらず……。
「霧矢……!!」
と、名前を呟いてしまった。
霧矢はビクッと体を震わせて、顔を強張らせて俺を見る。
「……高嶺…。今の……」
震える霧矢の声に、俺は理性のタガが外れた。
……なんで?!
こんなに、思いをひた隠しにしてきたのに?!
あんなヤツに奪われるくらいだったら……俺が……俺がっ!!
レイプされて身も心もズタズタな霧矢に、俺は覆いかぶさった。
「高嶺っ……やめっ………!」
「俺が……俺が全部忘れさせてやる!!………だから……だから……」
「……ゃ………ゃぁ………」
冷静に考えると、自分の事ばっかり考えていた。
〝忘れさせてやる!〟とか言いながら、ヤってることは助教と一緒で。
泣いて……俺と全く視線を合わせない、霧矢。
結局、霧矢をさらに傷つけてしまったんだ……俺は。
それから、研究室で霧矢と顔を合わすことはなかった。
人伝いに聞いたマンションにも行ってみたけど、そこにはもう誰も住んでいなくて。
気がついたら、霧矢は退学していた。
……信じて、貰いたかった。
あんなことをして、信じろという方が無理だけど。
俺は助教より、霧矢を守る自信があったし、幸せにする自信があったのに……。
……なんで、あんなことをしてしまったんだろう。
なんで……なんで……?
後悔に苛まられて、惰性で大学を卒業し。
中堅のデザイン会社に入社した俺の目の前に。
ヤツが現れたんだ………ありえない、くらい。
ありえない、までの……ドッペルゲンガーが……。
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