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繊細な体の線。 名前も字面こそは違うけど、可憐な響きで。 ハッキリした切れ長の目を囲むように縁の厚い眼鏡。 綺麗で華奢な手に、天パ……。 でも、性格は全く違った。 可愛げがない………。 いつも俺を蔑んだ目で見て、同じミサキって名前なのにこうも違うなんて……! だから、なんか許せなくて。 妙にムカついて。 だから……つい……それでもって……。 あんな、あんな……ひどいことを。 後悔してもしきれないことを。 霧矢美崎にしたことを、岩田岬にしてしまったんだ。 ………また、俺の前からいなくなる。 やっと、ミサキが目の前に現れたのに……。 でもこのミサキは、図太かった。 死にたくなるくらい後悔している俺に、地味にイラつくイタズラで返してくる。 だから、ムカついて。 また激しく犯しても、地味なイタズラをしてきて。 ………次第に、このミサキがあのミサキを塗り替えていくのがわかった。 あのミサキに、謝りたかったのに……。 あのミサキのそばに、一生寄り添いたかったのに。 図太いこのミサキが、俺を塗り替えていく。 このミサキが、俺を満たしていく。 ……でも、でも!! 「霧矢……! 霧矢……!」 今抱いているのが、どっちのミサキか分からなくなって……。 あのミサキに一目でいいから会いたくて……。 つい、名前を呼んでしまって……。 それから、それから……。 ………ごめん、霧矢。 って、言いたかったんだ……俺は。 「……んぅ………」 「あ、起きた?」 「え……?」 意識して寝た覚えはない。 でも、俺は確実に寝ていたみたいで、目を覚ますと目の前に岩田岬がにこやかに笑って俺を見ていた。 「ねぇ、高嶺」 「………な、んだよ」 「どいてくんない?」 「は?」 「重いんだけど」 「は?!」 よく見たら、俺は岩田岬の華奢な体を下敷きにして寝ていたらしく……。 いきなり押し寄せた現実に動揺した俺は、慌てて飛び起きた。 「ご……ごめん」 「いや……別に。重かったけど」 「あ………」 「いいよ、本当」 岬はゆっくり体を起こして、一つに結いていた髪を解いた。 ……この天パ、あのミサキそっくりだ。 「誰か、好きなヤツいるの?」 「えっ?!」 穏やかな口調で言う岬の言葉に、俺は口から心臓が飛び出してきそうなくらい驚いた。 「いや。ずっと『キリヤ』って言ってたからさ」 「………」 「そんな顔すんなって。別に怒ってるわけじゃないから」 「………」 「安心したんだよ、少し」 「え?」 「いつもパーフェクトで、ハイスペックで、俺様で。人間っぽくないからさ。どっかで気ぃ張ってんのかなとか……でも、安心した。高嶺にも弱い部分があったんだなってさ」 あまりにも、的を得ていた岬の言葉に、俺はぐうの音も出ないくらい言葉を失っていた。 「差し支えなければ、聞いてやるよ?」 「………」 「キリヤとおまえの間に何があったか。誰にも言わないよりは、誰かに言うよりは。俺に言った方が少しは解決できるんじゃね?」 そう、にっこり笑う岬が、なんだか眩しかった。 ………あの美崎に、言われてるんじゃないかって錯覚して。 あの美崎に許されたんじゃないか、って心がギュッと締め付けられて。 「……っ!!」 たまらず、泣いてしまった。 「おい、泣くなよ! 聞いてやるよ! それだけじゃ足らなきゃ、ずっとこうしててやるから……。泣くな、高嶺」 岬は俺の頭を軽く撫でて、俺の首にその華奢な腕を回してくる。 ……俺、おまえに酷いことしたんだ。 後悔に苛まれて、それにイラついて岬を犯して、美崎のかわりにしたのに……。 できることなら、殴ってほしいくらいなのに。 なんで、優しくできるんだよ。 美崎と、岬が重なる……。 俺の頭が、オカシクナリソウ……だ。 「ご……め、ミ……サキ……!! ごめん!!……ミサキ」 涙が、止まらない。 俺は、ガキみたいに岬に抱きついて泣きじゃくって。 岬はずっと、俺の頭を撫でながら体を寄せて。 俺が落ち着くまで、ずっとそうしてくれていたんだ。 ✳︎✳︎✳︎ 「っ!!」 隣の席のヤツがでかい体を大きく震わせて、ガタガタ音を立てた。 ………また、引っかかってやがる。 いい加減警戒しろよ、マジで。 するとだな、この後。 すげぇ、恨めしそうな顔をして僕のこと見るんだぜ?「みさき〜」とかいいながらさ。 「みさき〜」 ほらな? ハイスペック野郎改め高嶺は、だいぶいいヤツになってきた。 相変わらず敬語は使わないけど、上から目線はやめたし、笑うようになったし。 何より、かわいくなった。 かわいいって言うのは、少し語弊があるかもしれないけど。 あの日、僕は高嶺の中の〝本当〟を見たから……。 だから不本意ながら、大っ嫌いだった高嶺が、かわいくてほっとけなくなって……好きになったんだ。 でも、それは……僕を余計に苦しめる。 大嫌いなままが、よかった……。 好きにならなきゃ、よかったんだよな……本当。 「……あの、今まで……ごめん」 めずらしく、いや、こんなにシオらしいハイスペック野郎の高嶺を初めて見た。 つい、情が移るというか。 後悔して、今にもぶっ壊れそうな高嶺の手を僕はそっと握った。 別に話してくれなくてもよかったんだ。 僕がそばにいて落ち着くなら、僕を抱くことで前に進めるなら。 ……まぁ一方的にサれるのは、シャクに触るけど、とにかく。 この手を離したら、高嶺はどっかに消えてしまうんじゃないかって、変に直感した。 「………酷いことをした人がいて。それが、岬にそっくりな人で。……謝りたかったのに、出来なくて」 高嶺の切れ長の目から、涙が一筋、こぼれ落ちる。 「……岬にこんなことしても、変わらないのに。本当……ごめんなさい」 「いいよ、別に。僕は大丈夫だから」 「俺……霧矢に、美崎に………謝んなきゃ。……探して、会って……謝んなきゃ」 途端に、高嶺の手が震えだし、声が上擦り出した。 なんとなく、高嶺がやらかしたことはわかったけど………そうじゃない、高嶺。 それは、違うんだよ……高嶺。 「霧矢さんは、高嶺に会いたくないと思うよ?」 「!?」 目を見開いて、信じられないって、高嶺は涙をポロポロこぼして僕を見る。 「きっと、霧矢さんは前を向いて生きてる。過去のことも何もかも捨てて、忘れて。新しい霧矢さんで生きてる」 「…………」 「今、お前がノコノコ霧矢さんの前に現れて。すべてを捨てた霧矢さんの前に現れたら、霧矢さんはどうなる?」 「…………」 「また、苦しむんだ。背負っていた苦しみを思い出して……逃げても逃げても、逃げきれないって絶望するんだ。会って謝りたいなんて、お前の自己顕示欲の塊だ」 「………そんな。……俺、謝ることも………できない、のか……?」 「謝ってんじゃん、ここで」 僕は高嶺の胸を、手のひらで軽く叩いた。 「お前は、ずっとここで謝ってんじゃん。好きなだけ、一生謝れるんだ」 「………ここ?」 「お前が霧矢さんの代わりに苦しめ」 「!!」 「いつか、偶然に霧矢さんに会えた時。その時、ちゃんと謝れ。お前が苦しんだ年月分、その長い歳月を霧矢さんに対する気持ちを伝えればいい」 ハイスペック野郎が、声を殺して泣き始めた。 肩を震わせて、でかい図体を小さくさせて。 その姿が、あまりにも切なくてかわいくて。 僕は、高嶺の体を引き寄せて抱きしめたんだ。 「大丈夫。僕がちゃんと見ててやるよ。お前が、ちゃんと苦しんで、謝って、後悔してるって。ずっと見ていてやるよ」 「……っあ、あぁっ」 「みさき……っ!!」 僕の中で蠢めく高嶺ノから、一気にあたたかいノが吹き出し、溢れんばかりに体の中を満たしていく。 一気に放出した高嶺は、体を反転させると、電池が切れたように眠ってしまった。 最近はいつもそう。 僕と高嶺が、歪んだ関係から心を通わせた関係になって。 高嶺はガラッと変わった。 安心したかのように僕のそばで眠り、安定を求めるかのように僕に甘える。 そんな、高嶺が好きだ………。 好きなんだけど……僕には、もう一つ大事なことが残ってるんだ。 僕はソッとベッドを抜け出し、シャワーを浴びた。 ひと段落して、ベランダで缶ビールを飲みながら、スマホを手に取って通話ボタンを押す。 「……あ、母さん。僕だよ、岬。……美崎は、元気?」 霧矢美崎………僕と美崎は、兄弟なんだ。 年が離れた、兄弟。 父と母が離婚して、美崎が霧矢という姓になったんてつい最近知った。 というより、高嶺に聞いたって言ったほうが早い。 ある日、何年会ってなかった母親から、どうやって入手したか分からないけど、僕のスマホに連絡があった。 開口一番、母は叫んだんだ。 「美崎が……美崎が………!! 自殺未遂した……!!」 何年かぶりに、再会した母と弟。 その場所が、病院なんてのもビックリだけど。 弟は僕にそっくりで、でも、病院の無機質なベッドで固く目を瞑ったまま、僕を見ようともしなかった。 〝もう、いやだ。先生も、何もかも〟 って、美崎のスマホのメモ機能に残された言葉。 短い言葉……真実は話したくない、そんな美崎の言葉に胸が苦しくて、苦しくてたまらなかった。 それからずっと、美崎は昏睡状態のまま2年が過ぎようとしている。 まさか……こんな形で、弟を自殺未遂に追いやった原因の一端に、出会うとは思わなかったけど。 あれから、高嶺は美崎の自殺未遂の原因をポツポツと話し出すようになった。 ………こんな状況、ありえない……ありえないだろ? 好きな相手が、憎むべき一端を担っている相手とかさ。 ………最悪、なんだけど。 だから、高嶺には一生懺悔して生きてもらう。 そのかわり、僕は一生、高嶺に本当のことを言えないで生きていかなきゃならない。 イタズラで誤魔化して、セックスでつなぎとめて。 ………美崎は、まだ……苦しかったはず。 僕の苦しさなんて、まだまだ……だ。 もちろん、あの助教にはこれから苦しんでもらうつもりだ。 母親としばらく話して、僕はズボンのポケットから放置されていた高嶺のスマホを取り出す。 ロックを解除すると、助教の連絡先を、僕のスマホに落とし込んだ。 「……さぁ、て。どうしようかなぁ。……アイツをどうしてやろうかなぁ」 僕は缶ビールを口に運んで、ありえない現実にありえない思考を巡らせて。 最悪な、人生を歩む決心をしたんだ。

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