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♯9 マズルカ〝寒照町〟2
「桜也? なんで笑ってるの?」
「異常すぎるからに決まってんだろ」
真雪は、訳が分からないというように首をかしげる。それがおかしくて、桜也はさらに笑ってしまった。
監禁されてから、いやブラック企業に笑顔を奪われてから、ほとんど見せてこなかった自然な笑顔。まさかこんな会話で見せることになるなんて。
「どうせなら、すごく景色がきれいで、死体が残らないところがいいな。
…例えば、海とか」
桜也のまぶたに、生まれ故郷である寒照町が浮かんだ。
漁師町であった寒照町は、どこからでも海が見えた。道を歩けば磯の香りがした。桜也にとって、海は身近な存在だ。
そうだ。幼い頃よく遊んだ、灯台のある海浜公園はどうだろう。
夕焼けが映る冷たい海に、二人で沈む。
なかなかロマンチックな最期ではないだろうか。
桜也がそう言うと、真雪は満足そうにうなづき、騎士のようにかしずいて桜也の手を取り、言った。
「なら一緒に帰ろう。僕らが出会った寒照町に」
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