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♯11 ロンド〝回帰〟19

 ♭ラ…、 ソ ♭ラ ド ♭シ  ソ ♭ラ ♭シ ♭ラ ド ♭シ、ソ ♭ラ ド ♭シ ソ ♭ラ …  繰り返される右手のメロディーに、左手の三拍子の伴奏が加わる。  ここからが勝負だ。左手の伴奏をしながら、刻一刻と変わる右手のメロディーを正確に弾かなければならない。楽譜を必死に追いながら、集中してピアノの鍵盤を一つずつ押していく。  原曲よりもかなり遅いスピードだ。子犬のワルツというよりは、肥満体の犬がどすんどすんと飛び跳ねているように聴こえる。 「あっ」  間違えた。楽譜を指で辿って戻り、弾き直せそうなところを探す。 (よし、ここなら弾き直せる。…けど…)  真雪はプロのピアニストだ。この程度の曲、さらさらっと弾けるはず。ただ下手なだけの演奏を聴かせているのが、急に恥ずかしくなった。  鍵盤に指をセットし直してから、ちらりと真雪のほうを見た。  真雪は待っていた。  桜也のピアノの続きを。  とても嬉しそうに涙ぐんで、これ以上ないくらいの笑顔で。  最後まで弾ききってほしい、とその目は訴えている。  桜也はうなずき、再び鍵盤を押し始めた。  ミスの多い拙い演奏が、再び部屋に流れ出す。  プロなら2分足らずで弾き終わる曲なのに、桜也が弾き終わるのには10分もかかった。たどたどしすぎる演奏だった。  だけど弾き終わった瞬間、たった一人の観客から、大きな大きな拍手が起こった。

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