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ラブロマンスを君と-10
「あいつ、蛍のことなんだけど。今年高校入ったばっかなんだよ。そんなんで気が早いんだろうけど、大学には行かせてやりたいと思ってるんだ。俺も親父に行かせてもらったし、金がなくて進学できないってことにはならないように入学金やらは寄せてあるんだけどな。それとは別に困ってることがあって」
「困ってることですか?」
じっと俺の話を聞いていた新島が聞き返してきた。
それに頷いて、溜息をこぼす。
稼いで、養って。そういう備えならいくらでも出来る。
自分の努力で成果が出るぶん、楽なもんだ。
けれど、あればっかりは俺にはどうしようもない。
「学生の本分は勉学だっていうだろ? そういうの、あいつ全然しねえんだよ。そりゃあ、俺だって勉強は嫌いだった。嫌いなもんを無理にやれとは言えねえけど、それでも学がなけりゃ意味ねえだろ。どれだけ必死こいて稼いだって受験で落ちたら無意味ってもんだ」
「勉強かあ。俺も、学生の時分は大変だったなあ。俺の母さん、教師やっててそういうのには厳しかったんです」
「そうなの?!」
なるほど、だからか。
礼儀正しいとことか、真面目すぎるとことか。
親が教師やってるってんなら、納得がいく。
「でも、今は退職してますけどね。臨時講師はやってますけどだいたい家にいて家事やってくれてます」
「定年ってことか?」
「そういうんじゃないんですけど。まあ、それに近いんだと思います。母さん、50後半だし、俺が今年入社したからもう手が掛からないってことで無理なく余生を過ごそうって魂胆なんだと思います。あと、今まで仕事ばっかりで寂しい思いをさせてきたからって言ってました」
「良いお袋さんだな」
心の底からそう思った。
きちんと家族のことを考えて、それを有言実行するのはそうそう出来る事ではない。
やるべき事に押し潰されて、そこまで手が回らなくなる。
俺にも覚えがある事だから、なおさら新島のお袋さんには頭が上がらない。
「だから、勉強くらいなら教えられますよ」
自然な流れで新島がそんなことを言った。
一瞬何のことを言っているのかわからなかった。
しばらくして、さっき愚痴った蛍の事だと理解する。
「家庭教師とかどうですか?」
「家庭教師ぃ?」
渋い顔をすると新島は苦笑した。
別にこいつには無理だとか、そんな事を言うつもりはない。
ただ思った以上に新島の言葉が予想外だった。
「この前まで学生やってましたし、まだ脳味噌は衰えてないですから」
「そりゃあ、本当に引き受けてくれるなら嬉しいけど。仕事してそれもって、お前が大変じゃないか?」
「ちゃんと報酬さえもらえれば俺は満足です」
タダでやってくれなんて言うつもりはなかった。
新島にその気があるなら嬉しいが、こういうのの相場なんて俺はよく知らない。
「ちなみに報酬ってのは」
「俺、江川さんの手料理が食べたいです」
「え? 手料理? 金じゃなくて料理?」
「はい!」
ブンブンと頷く新島には悪いが、俺のメシを食うくらいなら家庭教師料もらって外でなんか食った方が絶対良いだろ。
それをたまらずに言うと、新島はそれではダメだと言う。
俺の手料理の何が良いのか知らないが、どうしてもそれじゃないとダメらしい。
「つっても、そんな凝ったモンは作れねえよ? 味はそれなりに保証はするけど、俺料理とかそんな得意じゃねえし」
「江川さんの手作りなら、不味くても良いです」
「いや、マズイのはダメだろ」
そこはちゃんとしろよ、と突っ込むと、そうかと新島は考えを改めた。
けれど、報酬が俺の手料理ってことはもう確定らしい。
別に新島がそれで良いって言うなら、俺もそれ以上は何も言うまい。
「どうせ明日も暇なので、良かったら明日、お邪魔してもよろしいですか?」
「……俺は別に構わないけど、お前はそれで良いのかよ」
「はい! 江川さんと会えて、おまけに手料理も食べられるなら苦じゃないです!」
とびきりの笑顔を向けられて、そういえばコイツはこういうやつだったと思い出す。
尊敬してるからとか言っていたが、未だにここまで好かれる理由がわからないし、ピンとこない。
だけど、そう。
悪いやつじゃないんだ。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ!」
握手しようと手を差し出すと、新島は俺の手を両手で握ってブンブンと振った。
おかしな握手の仕方に、思わず笑みが零れる。
悪いやつではないが、俺のことを好きだなんて言うんだ。
変なやつ、っていうの否めないかもしれない。
でも、そこが新島の面白いとこだって思えるんだから、俺も相当な変わり者なんだろう。
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