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ラブロマンスを君と-9

なんだそれ。意味がわからん。 口に出す前に、新島が続けて告げる。 「毎日、仕事頑張ってるし、妹さんの面倒も見てるし。それなのに、愚痴も言わないで一人で頑張ってて。この間のことがなかったらおれ、江川さんのこと何も知らなかったんです」 「そりゃあ、何も話してないからな。プライベートのことは仕事には関係ないだろ? 話す必要もなかったってだけだ」 「でも三嶋さんはよく旦那さんのこととか話しますよ」 「三嶋のはただの愚痴だろ。誰かに聞いて欲しいんだよ」 不意に視線を感じた。 目を向けると、新島が俺をじっと見つめている。 何か言いたげな態度に、わざと無視を決め込むとやがてぽつりと呟きが漏れた。 「……俺じゃだめですか?」 「なにが」 わかってて聞き返すと、なぜか新島は悲痛そうに顔を歪めた。 まるで今にも泣き出しそうな表情に、わざと顔を背けて見ないようにする。 「独りで頑張るの、辛くないんですか?」 「もう慣れた」 「そんなの、慣れるようなことじゃないです」 思ったよりも、コイツの言葉は真っ直ぐだった。 それがなおさら、核心を突いてくるからとても痛い。 つらくないか、なんて。 そんなのしんどいに決まってる。 慣れていいことじゃないのは、俺だってよく知っている。 けれど、そうするしかないから。 それ以外にどうしたらいいかなんてわからない。 気づいていたけど、気づかないふりをしてきた。 今までずっと、そうしてきたんだ。 蛍だってまだ小さかったし、手が掛かる。 でもそれにずっとかまけてる余裕はなかった。 俺一人ならなんとかなった。でも、そうはいかない。 暮らしていくには金がいる。親父が遺してくれた遺産なんて微々たるものだ。 だから、がむしゃらに働くしかなかった。 そんな状況で、ツライのなんだのと弱音を吐くわけにはいかなかったんだ。 初めからそんな選択肢はどこにもなかった。 「だから、俺に聞かせてください」 「……面白い話じゃないだろ。んなの聞いても楽しくない」 「俺、江川さんのこと、もっと知りたいんです。面白くないとか、楽しくないとか関係ないです」 真剣な眼差しに目を反らせなかった。 さっきまで締まりのない顔をしていたはずが、その名残はどこにもない。 参った、これじゃあどうしようもない。 なんとも答えられなくて、頭を抱えたまま黙り込む。 思えば、最近はずっと新島に振り回されっぱなしだ。 嫌われたのかと勘違いして、そうかと思えば一週間だけ付き合ってくれとお願いされて。 極め付けはこれだ。 もうどうするのが正解なのかわからなくなってきた。 もとより、酔いが回った頭で答えを出そうなんて無理な話なんだ。 「わかった、わかったよ。愚痴かどうか知らねえけど、話すから。だから泣くなって」 「泣いてないです」 若干、意地になって声のトーンが一つ下がった。 けれど、それもすぐに元どおりになる。 俺が承諾したのがよほど嬉しかったんだろう。 新島はすぐに機嫌が良くなって、聞く気満々の態度に苦笑が漏れる。 「つっても、こういうのって何話したらいいんだろうな」 「三嶋さんだったら、旦那さんのこと話題にしてますよ。この間は、食べようと思ってたプリン食べられたって愚痴ってました」 「……そうだなあ」 家族のことを話すとなると、蛍のことしかない。 話題なら三嶋の旦那並みに事欠かないし。 聞いてて楽しいかもわからないけど、どんな話でもいいと新島は言うから文句があっても聞いてやらない。

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