「江川さん！ あれ！ すごくないですか？！」 「あー、うん。すごいなあ」 「ああやってシャカシャカしてお酒作るんですね。本当にやるんだ。俺、ナマで見ちゃった」 「うん、バーだからな。ナマでやるな」 白ワインを飲みながら、新島はさっきからずっとはしゃいでいる。 まるでテーマパークのアトラクションでも目の前にあるのかってくらいのテンションだ。 ただマスターがカクテルを作るって、シェイカーを振ってるだけなんだけど、それがとても面白いらしい。 俺にはそんな楽しみ方は出来ないから、こんなもんでも楽しめてるなら満足だ。 新島が飲み残した赤ワインを飲みながら適当に相槌を打つ。 赤ワインは渋いし飲みにくい。 俺も若い頃似たような経験があるからわかる。 これは慣れないと美味しいと感じられない酒だ。 白ワインの方は、赤よりかは飲めてるから飲みやすいんだろう。 癖がないぶん好きだっていう人は結構いる。 「感想は？」 「かっこいいですね！」 「そっちじゃねえよ。白ワインの方」 一口でも飲んだら感想を言ってもらう事にした。 わからない以外の感想を、だ。 うまいとかまずいとか。 そんなだろうな、と思っていたが意外にも新島はきっちりとこの酒はどんな感じで、と伝えてきた。 スッキリしていて飲みやすいです、でもあまり好きじゃないかなあ、なんて様になってるリポートをしてきて驚いた。 やればできるじゃないか、と褒めてやったらなんだか嬉しそうにはにかんでいたのはついさっきのことだ。 「赤ワインよりは飲めますよ。渋くなくて美味しい」 「まあな、じゃあ次これ。ウォッカ」 「映画とかでよく見るやつだ！」 「お前にロックはまだ早いから、水割りにしといた」 グラスを手渡すと、礼を述べて新島は受け取った。 まじまじと見つめて、それからゴクリと嚥下する。 けれど、もっと飲む量を考えろ。 度数が高い酒は一気に飲むようなものじゃないんだけど、それを伝えるのをすっかり忘れていた。 新島の動きが一瞬止まった。 目をしろくろさせて、グラスを置くと涙目で俺を見る。 言いたいこともわかるし、して欲しいこともわかる。 可哀想だけどこれも予想した反応で、案外これが面白いもんだ。 「これ、すごいですね」 「だろ？ 一気に飲むようなやつじゃないからな」 「それをもっと早く教えてくださいよ」 手渡した水を飲みながら、ひと心地ついた新島が口を尖らせる。 社会勉強になったろ、と得意げに告げると頷いて、でもやっぱりさっきの仕打ちが不満だったのだろう。 まだグラスに半分は入っているウォッカを俺に手渡して、全部飲めと言ってくる。 流石にこれには俺も躊躇せざるを得ない。 けれど、新島が残した酒は俺が飲む決まりになってるし、断ってしまえば格好がつかない。 それに、男に二言はないって昔から言うじゃないか。 「やばい、少し飲みすぎた」 カウンターに突っ伏して、額を冷たいテーブルに押し付ける。 下戸ではないしそれなりに飲めるのだけど、今日はハメを外しすぎたみたいだ。 さっきから頭がぐわんぐわん揺れているような気がする。 マスターに水をもらって酔い覚ましに飲んでいると、上機嫌にカクテルを煽っていた新島が俺の顔を覗き込んできた。 「江川さーん、大丈夫ですか？」 「あー、うん。なんとか」 「これ美味しいですよ、どうぞ」 飲み潰れている人間に酒を勧めるとは、どういうことだ。 一瞬、そんな事を思いながらも楽しそうにしている新島を目にすると文句もどこかに飛んでいった。 「これ、なんだっけ」 「チョコミントのやつです」 「ああ、グラスホッパーね」 ミントとチョコリキュール、生クリームで作ったカクテルだ。 俺は甘い酒は好きじゃないから飲まないが、好きな奴には美味いんだろう。 「それ、度数けっこうあるから飲みすぎんなよ」 「はあい」 いつもより間の抜けた返事を聞いて、冷たい水を飲み干す。 新島には結構飲ませたつもりだけど、それでも一口二口で俺にバトンタッチだから、実際はほとんど俺が飲んでたようなもんだ。 だから俺の方が酔いの回るのが早いし、潰れるのも早い。 格好悪いことこの上ないけど、こればっかりはどうしようもないから、もう格好をつけるのは諦めよう。 「江川さんとこうして一緒に飲んでるなんて、夢みたいだなあ」 「なんだよそれ」 自然と漏れたであろう呟きに笑って応えると、新島は腑抜けた笑みを浮かべた。 へにゃへにゃ笑ってるから、コイツ相当酔ってるな。 酔いが顔に出ないから態度で推し量るしかない。 「そういや、俺のこと知りたいって言ってたのはどうなった？ なんかわかったか？」 唐突に思い出して聞いてみると、俺の問いに新島は目を瞬かせた。 それから指折り数えて口にする。 「えー、と……江川さんはビールが好き。人参が食べれない。かわいい。面倒見が良くて、気前がいい。かっこいい」 「人参のくだりはいらねえよ」 あと、途中のかわいいとか、かっこいいもいらない。 不要な部分を添削しながら呆れていると最後に、 「あと、とても頑張り屋さんです」 思っても見ない言葉に、今度は俺が瞠目する番だった。