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ラブロマンスを君と-7
しばらくすると目の前に頼んだ酒が次々と置かれていく。
俺はこの間頼んだのと同じ、バドワイザー。
新島にと頼んだ二つのグラスが、ことりと置かれて物珍しいのか。
穴が開くほどじぃっと見つめるもんだから、その様子が可笑しくてたまらない。
「えっと、これとこれってなんですか?」
「左のがシャンディガフ。ジンジャーエールで割ったやつな。ビールの苦味が緩和されるから飲みやすいっていうので、女性でも頼む人結構いるんだと。色味もビールと変わんないから人前で飲みやすいってのもあるな」
「こっちは?」
「ダブルカルチャードはカルピスで割ったやつだよ。知ってんだろ? カルピス。甘いからジュース感覚で飲めるし、苦味もそんな気になんないからこれも飲みやすいと思うけど」
「へえー」
「ウブな新島のために飲みやすそうなやつ頼んだけど、好みがあるからなあ。飲めなかったら無理して全部飲もうとしなくてもいいからな」
「はい。ありがとうございます」
新島はいつものように律儀に礼を述べた後、慎重な手つきでグラスを持った。
いただきます、と挨拶してから恐る恐る口をつける。
一口飲み込んでグラスを置くと、もう一方に口をつける。
その動作を無言で終えると、さっきと同じように俺の方を向く。
「感想は?」
「……よくわからない、です」
「…っ、よくわかんねえって、なんだよそれ」
予想してなかった返答に、笑いを堪えるのに必死だった。
なんだよくわからないって。意味がわからん。
普通、うまいかまずいかで答えないか?
前々から変なとこがあるとは思ってたけど、やっぱコイツ面白いわ。
「え、そんな変でしたか?」
「うん、すごく変だ」
ビールを飲みながら答えてやると、新島は神妙な面持ちで黙り込んだ。
何がいけなかったんだろう、って小さな呟きが聞こえてくる。
俺の発言に納得がいかないのか、もう一度グラスに交互に口をつけて飲み比べをしだす。
「普通、うまかったとかあんまり好きじゃないとか、そんな感じで答えないか?」
「だって江川さん、感想は?って聞いたじゃないですか。よくわからないって答えても間違いではないですよね?」
「そりゃあ、そうだな。一理ある」
新島が珍しく抗議をするもんだから、面食らって素直に頷いてしまった。
なるほど、新島らしい考え方だ。
ちょっとズレてるところとか、コイツらしい。
でも、わからないなんて答えられると、せっかくバーに連れてきたのにもったいなく思う。
酒ってのは美味しく飲むのが一番だ。無理に勧めるのは良くない。
そうなのだが、あんなことを言われたらこっちも意地になってしまう。
「わかった。じゃあこうしよう。俺が選んだ酒、取り敢えず一口飲んでみろ。んで、自分の好みに合うのを見つけろ。つぎ飲みに来た時、お気に入りがあれば今日みたいに困らないだろ?」
我ながら良い考えだと思う。
こういう経験はなかなか一人では出来ないし、あまり飲まないと言っていた新島には良い機会だ。
「金のことは心配しなくていい。それと飲めなくても俺が飲んでやるから気にするな」
「いや、でも……流石にそこは払わせてください。今日は江川さんに奢らせっぱなしだし、俺も楽しんでいるのに一銭も払わないなんておかしいですよ」
バツが悪そうに新島はそんな事を言う。
奢ってやると言っているのに、どうにも納得がいかないらしい。
無駄な金を使わずに済むのならそれに越したことはないし、普通なら得をしたと思うところなんだけど、そんな考え方はやっぱり新島には無理なんだろう。
真面目というか、育ちが良いのがわかる。
きっと親御さんがしっかりしている人なんだ。
蛍のやつとはまったく違う。
比べるのも変な話だが、男親で、しかも俺がずっと面倒を見てきたから新島のように教養っていうものが欠けている気がする。
こんなことを言うと、まるで俺の育て方が良くなかったと思われそうだが、実際にそうなんだから仕方ない。
「……どうしても?」
「もう決定事項なので、どうしてもです」
「わかった。じゃあ割り勘ってことにしとく。あとで文句言うなよ」
有無を言わさず話を終わらせると、宣言通りに酒を頼んでいく。
俺はビールしか飲まないから、他のアルコールは頼まないけど居酒屋なんかにあるアルコール類のドリンクならある程度は知っている。
メジャーなワインから日本酒、焼酎。
リキュールを使ったカクテルや、ウォッカやテキーラみたいな度数の高いものもついでに頼んだ。
後者は完全に俺が楽しむ用のやつだ。
アルコールの癖の強いものは慣れてないとかなりキツイし、社会勉強に新島に飲ませてみようって魂胆だった。
どんな反応をするのか楽しみだ。
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