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ラブロマンスを君と-6
本当はこんなとこに連れてきたくはなかったんだ。
けれど、毎日のように忙殺されてあまり飲みにも行かないから店もよく知らない。
だから必然的に知ってる場所に来ることになる。
見上げたバーの看板を眺めて溜息がこぼれた。
俺一人なら問題はないんだが、隣の新島も一緒だから変に緊張するというか身構えてしまう。
この間の、ゲイバーの名刺の件があったからここに行くと説明したら意外とすんなりといいですよ、と承諾された。
お前はそれでいいのか、と突っ込みたくはなったが余計な労力を使う羽目にならなかったから、そこは素直に有難い。
けれどやはり、気は進まないものだ。
「もう一度聞くけど、本当にここでいいのか?」
「はい。江川さんよく来てるみたいだし、俺も少し気になっていたので」
ものすごーく変な意味に聞こえる。
真っ直ぐな意味で捉えると、俺のことを知りたいと言っていたし素直なやつだから深い意味はないのだろうけど、やっぱり多少は気になるものだ。
「よくって、まだ一回しか行ってねえんだけどな」
ボヤきながらバーの扉を開けると、以前来た時と同じ光景があった。
マスターは俺の姿を見留めると、機嫌良く手を上げてくれた。
どうやら覚えていてくれたみたいで、こんばんはと挨拶をするとそのままカウンターへと進む。
新島はさっきから興味深げに辺りをキョロキョロと見回していて忙しない。
落ち着けと言いたいが、おそらくこういうところは初めてなんだろう。
だったら文句を言うのはやめにしよう。
「江川さん、俺バーに来たの初めてです」
「だろうな、そんな感じする」
とりあえず座れと椅子を引いて促すと、背筋を正していつものようにお利口さんにして座った。
バーってのはそんな堅苦しい場所でもないんだけどな。
隣の様子に苦笑して、それでも面白いからそのまま放置しているとおずおずと新島が訊ねてくる。
「これ、どうやって注文するんですか?」
「なんでそんな声潜めてんだよ」
「そうした方がいいのかなと思ったので」
「真面目ちゃんかよ」
あまりにも堅物すぎて、気づいたら突っ込んでいた。
俺の返答の意味を理解していないのか、新島は不思議そうな顔をして首をかしげる。
「普通に話してくれても構わないよ。他のお客様のご迷惑にならなければいいから」
見かねたマスターが、おつまみのナッツとおしぼりを差し出してフォローしてくれた。
色々なお客が来るからか、慣れた対応に感心する。
「江川さんはこの前と同じでもいい?」
「ああ、はい」
「そちらのキミは何にしようか。何か飲みたいものはある?」
「飲みたいものですか?」
「甘いのとか、さっぱりしたのとか。具体的でなくてもいいよ。お客様からのリクエストを参考にして作るのがバーテンダーの仕事だからね」
いきなり振られた新島は、唸りながら悩みだした。
ひとしきり悩んで、答えが出なかったんだろう。
不意に俺の方をじっと見つめてくるもんだから反応に困る。
お前、真剣に悩んでる時ほどしかめっ面で怖いんだから、それを俺に向けないでほしい。
「なんで俺の方みるんだよ」
「だって、いきなりそんなこと言われてもおれ、酒とか飲んだことあまりないので、何がいいとか全然わからないです」
確かに、いきなり何がいいとか聞かれても経験がないんじゃすぐには答えられないか。
「江川さんはなに飲むんですか?」
「俺はいつもビールだな。お前みたいな歳のやつは、苦いから飲まないってのも多いんだろ。ビールよりはチューハイやら飲むって聞くけど」
「缶チューハイならたまに飲みます。ほんとに、たまにだけど」
話を聞いて、少なくとも新島には俺の好みは押し付けられないな、と思った。
ビールなんてそれこそコイツの好みとは正反対な気がする。
コーヒーも好きではないと言っていたし、新島に大人の味は慣れてからじゃないと勧められない。
「マスター、シャンディガフとダブルカルチャードお願い」
「……なんですか? それ」
酒の名前なんて、飲まないやつからしたら何が何やらだ。
新島のぼけっとした顔も、珍しいものじゃない。
「ビールをジュースで割ったやつ。苦味が苦手でもこうすると飲みやすくなるんだよ。お前の好みに合うかわかんねえけど、何事も経験だろ?」
疑問に答えてやると、新島は感嘆の声を上げた。
本当なら本職のマスターに聞いた方が説得力も信憑性もある。
けれど、カウンターの向こうにいるマスターは、一言も口を挟まなかった。
格好つけさせてくれたって、そういうことなんだろう。
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