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ラブロマンスを君と-5
訝しむ俺をよそに、新島は落ち着こうとココアのカップを持って口を付けた。
「あっつ!!」
「おい、大丈夫かよ。取り敢えず落ち着け、な?」
「ありがとうございます……」
おしぼりでテーブルを拭きながら、いったい何なんだと新島を見つめる。
けれど、そんな事をしても目の前のコイツがあがってる理由なんて見当もつかない。
やっぱ俺がなんかしたのか?
こういうのって心当たりがなくとも、自然と傷付けてるもんだと言うし。
「江川さん!」
「な、なんだよ」
「ええっと、喉乾きましたよね? 俺コーヒー淹れてきますよ!」
「いや、まだ入ってるしいい」
「――でもほら、冷めてるし!」
強引に俺のカップをもぎ取ると、新島は立ち上がって席を離れた。
まるで嵐のような騒がしさに、ますます疑惑が深まる。
新島のヤツ、たまによくわからない事をしだすから、その理由が判断つかないなんてことはよくある。
よくあるのだが、今のこれはまったく意味がわからん。
しばらくして、新島が戻ってきた。
けれどやはり少し様子が変だ。
「なあ、なんでこんな、なみなみに入ってるわけ?」
カップの縁から溢れそうなほど注がれたコーヒーを両手で持って、慎重にテーブルに置かれる。
これじゃあ零さないで飲むのに一苦労だ。
「ちょっと考え事してて、見てなくて」
すいません、と申し訳なさそうに新島は謝った。
別に怒るほどの事でもないし、気にしてないんだけど。
ただコイツの言動の意味がわからな過ぎて気味が悪い。
「考え事ってなんだよ」
何の気なしに聞いてみると、新島は一瞬押し黙った。
俺には言いづらいことなのか。
少し逡巡した後に静かに告げる。
「俺、ずっと考えてたんです。どうしてこんなに江川さんのことが好きなのか」
「っ、……はあ?!」
いきなりの話題転換に目を見開いて固まってしまった。
いま新島のヤツ、好きって言ったか?!
今の俺の話を聞いて、どうしてそこに行き着くんだ?!
突拍子もなさすぎる新島の言動に、開いた口が塞がらない。
どういう意味だ、と問い質す前に新島が続ける。
「同じ部署で、尊敬する先輩だからっていうのもあるんです。でもそれだけじゃなくて……俺、母子家庭で育って、父親っていうものがどんなものなのか、あまりよく知らないんです。だから、そういうのに憧れもあって。江川さんのこと、父親がいたらこんな感じなのかなって、少し思ってたんです」
「だから、今の話を聞いて、やっぱりそうだったんだって、嬉しくなって」
とびっきりの笑顔を向けられて、どう反応していいのかわからない。
一応、悪意があってのことではないのだが、それでもこれは。
正直言って、俺には心底重過ぎた。
「んなこと言ったって、お前みたいなデカイのの父親がわりになんて、そんなの俺はゴメンだからな!」
好きだなんだと言われて、挙句には父親みたいだなんて。
ガキなんて、蛍だけで十分だ。
「やっぱり、こんなこと言われたら怒りますよね……」
なぜか落ち込んでいる新島に、掛ける言葉が見つからない。
そりゃあ、良かれと思って言ってるんだろうし、悪気があったわけでもないんだろう。
それを全力で拒絶されれば落ち込みもする。
こういうのは苦手だ。
励ますのとか、フォローするのとか。あまり上手くいった試しがない。
時任みたいに頭で考えて物事を進めるのは、俺にはできないことだ。
よく蛍にも言われる。
お兄ちゃんそれ少しズレてる、って。
それでも目の前のコイツを放っておく方が遥かに面倒だし、真面目なぶん変な思考にハマって抜け出せなくなって余計な誤解をされるのだけは勘弁だ。
「怒ってねえよ。少し、その……なんだ。驚いただけっていうか。だから、怒ってない」
「本当ですか?」
「あー、うん」
思うところはあるけれど、訂正するのも面倒で空返事をすると新島はほっと胸を撫で下ろした。
それに俺も安堵して、すっかり冷めてしまったハンバーグにフォークを刺して口に運ぶ、その直前。
新島はまた突拍子もなく、こんな事を言ってきた。
「俺、江川さんのことをもっと知りたいんです」
俺はいま、食事中なんだけど。
尽く手を止められるもんだからもう食べることは諦めて、ハンバーグを刺したままフォークをプレートの上に置く。
「……例えば?」
「例えば……す、好きな食べ物、とか?」
「小学生か! なんだよそれ、他にもっといろいろあるだろ!」
「いろいろってなんですか?!」
「俺に聞くな」
ひらひらと手を振ってあしらえば、新島はしょぼくれた顔をした。
けれどそれもほんの一瞬で、今度は眉間に皺を寄せて真剣に悩み出す。
さっきからコロコロ変わる表情の変化に、振り回されすぎて感覚がマヒしてきたんだろう。
見ていて少し楽しくなってきた。
「それじゃあ、これから少し飲みでも行くか? お前とはそういうのなかったしな」
「えっ、いいんですか?」
頷くと、しかめっ面がパッと晴れた。
新島のヤツ、たぶん本人は気づいてないんだろうけど、真面目な顔をしているほどに人相が恐ろしい事になっているから、こうして笑顔の方が見栄えが良くて年相応に見える。
「嬉しいですけど……妹さん、家にいるなら早めに帰った方が良くないですか?」
「いーんだよ、今日は。俺だってたまには休みが欲しい」
「……わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」
テーブルを挟んだ向こう側で、律儀にぺこりと頭を下げた新島に、相変わらずだなと苦笑してどこに行こうかと思案する。
なみなみと淹れられたコーヒーに、慎重に口をつけて思いついた場所は一つしかなかった。
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