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パンツの選び方
ボーイズラブ、メンズラブをテーマにしたドラマを制作している小さな事務所。そこで男優をしている一之宮紫月は、現在ネコ(受け)役として活躍中だ。
紫月は、外見はほぼ万人が見惚れるほどの整った顔立ちとスレンダーなボディの持ち主で、その美形さ故に普段はわりと高飛車な印象を持たれることが多い。が、実際はのんびり気質の気のいい青年だ。
まあ、超が付くほどのマイペースな上に、進んで他人の機嫌を取ろうともしない為、ツンケンしていると誤解を受けやすいタイプではある。
一見、ファッションにもうるさそうで、さぞかしお洒落には気を遣っているのかと思いきや、フタを開けてみれば意外や庶民的な男であった。
そんな彼が普段着や部屋着などを買う為、好んで行くのは近所の手近なスーパーである。よほど必要に迫られない限り、都心のお洒落なスタンディングショップなどに行くことは稀である。
そんなギャップ男の紫月だが、今日も今日とて、春物の部屋着を見繕いにいつもの店にやって来ていた。
「おい、気に入ったの見つかったか?」
一緒に買い物に付き合っている遼二がそう問う。
この遼二はタチ(攻め)役で、ドラマの中でもほぼ紫月とカップリングされることが多い、イケメン男優である。紫月の緩やかなウェーブが掛かったやわらかそうな茶髪とは正反対の、見事な程の濡羽色の長めのショートヘアを無造作にワックスで後ろに流しているのが艶めかしい。
紫月とはこれまた反対の筋肉質体型で、百八十センチを超す長身の紫月よりも上背がある。瞳も髪と同じく漆黒色の大きな二重の切れ長で、眼力はあるが、笑うと急に子供っぽくなる。そのアンバランスさ加減が何とも言えずに魅惑的と言われていて、事務所の中でも人気のある男優なのだ。
そして、大々的には公表してはいないが、二人はプライベートでも恋人同士という間柄であった。
肌触りの良さそうなカットソーを数点、その容姿的に見るとあまり似合わない買い物かごに入れて、まだ店内をブラブラと見渡して歩く紫月の後を追い掛ける。そんな遼二の視線の先に、ちょっと際どいラインの下着を着せられたマネキンが飛び込んできた。
かなりローライズでピッタリと肌に密着するような素材のボクサーブリーフに、遼二の大きな漆黒の瞳がキラリと輝きを増す。
「なぁ、おい紫月! ちょっとこれ」
「んー?」
空返事をしながら紫月が手にしたのは、同じ下着売り場でも隣のワゴンに山積みされているアニマル柄のトランクスであった。アニマル柄といっても、豹とかゼブラとか、そういった渋い系では決してない。どちらかといえば女子高生が『可愛いー!』と黄色い声を上げそうなキュートでアニメっぽいプリント柄だ。
「おー、可愛いじゃん、コレ! クマしゃんにウサギしゃん、こっちはケロケロカエル柄かー」
台詞の最後に音符のマークがくっ付いているんじゃないかというくらいのご機嫌で、紫月は嬉しそうだ。ワゴンの中からいろいろな柄のトランクスを引っ張り出しては、自分の身体に当てて鏡を覗き込んでいる。
そんな様子を横目に、遼二はとびきり大きな溜め息を漏らしてみせた。
「お前なぁ……」
「あ? 何?」
「いや別に……」
もはや何を言っても無駄なことは、長い付き合いの中でよくよく承知のことだ。故に、遼二も少々頭をひねってみることにした。
「なあ、紫月よぉ……。どーせならトランクスじゃねくて、こーゆーブリーフタイプにしねえか? お前、寝相悪りィし、ピッタリしてた方が腹も冷えなくていいと思うんだけどな」
(そうだ。ブリーフだ! ブリーフにしろ! できればこのマネキンが着てるようなエロいやつ! それならクマ柄だろうと目を瞑っちゃる!)
脳内でピチピチブリーフを穿いた紫月を想像したことはおくびにも出さずに、マネキンを指差し、誘導してみる。
「ん? ああ、別にいいけど」
(やった――!)
心の中でそう絶叫し、遼二は意気揚々と自分好みのブリーフ探しに精を出し始めた。この際、なるたけキワどいデザインのを選ぶとしよう。
目を皿のようにして滾る気持ちを抑えつつ、ワゴンの中を凝視する。ところが――だ。
「おい遼二、ボクサーでもブリーフでもデザインは何でもいいけど、柄は譲れねえかんな!」
「あ――?」
「このクマかウサギ、こっちのカエルでもいいや。なるべく可愛いやつ頼むわ!」
エッチな妄想にテンションだだ上がりの遼二に降ってきた脳天気なそのひと言は、瞬時に彼を奈落に突き落とすハメとなった。
可愛いクマ柄のエロブリーフなんて――そう滅多にあるわきゃねえだろが!
落ち込む遼二の助手席でご機嫌な紫月が買ったのは、結局クマとウサギ柄のトランクスだったようである。
「もうこんな時間か――。遼二、腹減らねえ? 買い物付き合ってくれたから、今日は俺が奢るぜ!」
気前のいいのは有り難いが、今は素直に喜ぶ気分ではない。
(畜生……! もういい、今夜は全力で責任取ってもらうから覚悟しろよ!)
そうだ、所詮下着だ。結局は脱がせちまうものなんだから、クマだろうがウサギだろうが関係ねえんだ――!
ファミレスの駐車場に着けながら、脳内でそう独りごちる遼二に、おパンツの入った紙袋を大事そうに抱えて紫月が微笑う――そんなうららかな春の午後のことだった。
- おしまい -
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