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風邪の治し方
それは、とある夏の午後のことだった。
BLドラマを制作している事務所『ガイズクラブ』で男優をしている一之宮紫月 は珍しくも夏風邪を引いてしまった。普段は割合丈夫な方なのだが、ここ最近は夜間の撮りが続いていたこともあって、多少なりと無理が祟ったのだろう。
紫月は攻めも受けも演 れるという、事務所にとっては重宝な役者だから、そう何日も寝込まれては撮影が進まず困ったことになるわけだ。
そんなわけで社長命令が下り、今日の撮影は午前中で切り上げて病院へ行かされ、早々に家に帰されることになったのだった。
喉の痛みに全身のダルさ、そう高くはないものの三十七度を超える微熱で頭がぼうっとする。
役者仲間でありつつ、リアルの恋人でもある鐘崎遼二 に見守られて、紫月は真夏の熱帯夜の中、ウンウンうなっていた。
「俺に移せよ。そうすりゃすぐに治るって!」
遼二が唇を寄せ、キスを仕掛けてくる。
体温計に薬、汗ふき用のタオルや着替え、水分補給からお粥まで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのは有り難いが、移してしまってはさすがに申し訳ない気がする。
「お前まで寝込んだら困るだろ。ふざけてねえで、ちょっとあっち行ってろって」
そう言って追い払ったものの、明らかにシュンとし、少し離れた所に腰掛けながら、それでも様子を見守っていてくれる恋人に、もう少しやさしい言葉を掛けてやれば良かったかな――と心が痛む。
「あー、遼二。いろいろ世話掛けてすまねえ。んと……その、超有り難えと思って……るから……」
ヒリヒリ、喉の痛みを我慢してそう言い掛けた――その時だ。遼二から飛び出した台詞に、紫月は思い切り眉をしかめた。
「なぁ、紫月よぉ……。お前がウンウンうなってる姿見てたら……ほら、これ」
股間を指差し、照れたようにペロリと舌を出しながら、
「お前には触んねえし、なるべくおとなしくやるからさ……此処で抜いてもい?」
『えへへ』と笑い、ポリポリと頭を掻きながらそんなことを訊いてくる。
そんな様子に、今の今までの感謝も、申し訳ないという気持ちも、すべてが一瞬で吹っ飛んだ。
(やっぱり移してやろか――いや、ぜってー移す!)
そう決心した紫月であった。
-FIN-
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