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BOURBONにシュガーを4つ

「ビニール素材のタンクトップだと?」 「ああ、どうせ服の上からシャワーでビッタビタに濡らすんだろ? だったらシルクのシャツなんかよりビニールの方がエロく仕上がるんじゃねえの? 肌に張り付いた感がいい感じに出るだろ」 「まあ、確かに……」  若い男優がスタッフとプロデューサーらしき男を前に、自信ありげに力説している。彼らのそんなやり取りを横目にしながら、紙コップの珈琲片手に氷川白夜(ひかわびゃくや)は苦笑い交じりだ。休憩用の丸テーブルの対面に腰掛けた連れを上目遣いで見やりながら、呆れたように肩をすくめて溜め息を落とす。 「お前さんも苦労が絶えねえヤツだよ。なぁ、遼二(りょうじ)よ-」  遼二と呼ばれた男は、自分たちのすぐ側で行われている撮影の様子を窺いながら、氷川にならうように苦笑した。 「別に……。ヤツなりに”いいもん”を撮ろうって張り切ってんだ。俺が口出しする義理じゃねえよ」  ここはボーイズラブ、メンズラブといわれるジャンルのドラマを制作している小さな事務所だ。今現在、メインの男優が約十名と、脇役で、たまに出演する女優やエキストラの役者が通いでやってくるというこじんまりとした規模で撮影を行っている。今日はその中の一つである『官能モデル』というタイトルのドラマ用にスチール撮影を行っているところだった。  広めの写真スタジオの中央には真っ白なスクリーンの幕布と照明機材が並び、重厚な造りのソファが一台置かれている。ちょっとしたベッドにもなりそうな位の大きな代物だ。照明係やカメラマンの他にスタッフの男らが数人、その中央で打ち合わせを仕切っているのが、プロデューサーの男と今日のメインモデルを勤める男優だった。  彼は名を一之宮紫月(いちのみやしづき)といい、この事務所で制作しているほぼ全てといっていい程のドラマに出ずっぱりという人気男優の一人である。薄茶色で癖毛ふうの長めのショートヘアが、色白で端正な作りの顔立ちに似合っていて艶めかしい。紫月はいわゆる『攻め役』でも『受け役』でも、両方をこなせるという希少な男優だった。  今日の撮影では受け役のポジションで、『ゲイアダルト誌の人気モデル』という役柄だ。それに合わせて少々官能的なショットを撮るべく、先程から細かな打ち合わせに没頭中なのだった。  そこへ息せき切らしたスタイリストの若い女性が駆け込んできた。 「お待たせしました。こんな感じで如何でしょう? 紫月さんの体型にピッタリ気味で作っているんで、着る時ちょっとキツイかもです。伸びないように気をつけてください」 「おお、お疲れ! 悪りィな、急がせちまって」  出来たてのビニール製のそれを受け取りながら、プロデューサーの男は彼女に労いの言葉を掛けた。 「じゃ、これ着てみて」  紫月の注文通りに、薄手のビニール素材をカットして簡易的に縫い合わせただけのタンクトップを手渡し、テスト撮影の準備に掛かる。部屋の照明が落とされて、天窓からの自然光とスポットライトが作り出す独特の色合いが紫月をとらえて照らし出す。シャワーで濡らされたタンクトップが肌に張り付いて、紫月の胸の突起がいやらしく強調されれば、思わずゴクリと喉が鳴ってしまいそうになるほどに官能的な姿は狙い通りである。 「いいよー、紫月ちゃん! そのままちょっと挑発的な目線をこっちにくれる? ついでにベルト緩めてズボンの中に両手突っ込んでみよっか! その後、乳首のアップに迫るから、腰くねって……尻半分まで脱いでみよう! そう! もっと、もーっと誘う感じで!」  カメラマンの男が威勢のいい掛け声で場を盛り立てる。少し離れた丸テーブルでは、この『官能モデル』というドラマの共演者である氷川白夜と鐘崎遼二(かねさきりょうじ)が撮影の様子を眺めていた。 「いいのか、遼二? あんなエロい仕草で撮らせて」 「いいも悪いも……『官能モデル』のスチールなんだから、あんなもんだろ?」 「ふぅん、随分とまた余裕ブッこいてられたもんだ。お前、それ、本心で言ってる?」  ニヤッとした笑みと共に上目遣いでそう問われて、遼二は氷川を軽く睨み返した。 (――おい、やけに突っ掛かるじゃねえか)  どういうつもりだと言わんばかりに目線だけでそう訊き返す。一応撮影中なので、うるさくして邪魔になってはいけないからだ。  氷川は、やはり潜め気味ながらも遼二の耳元に唇を寄せるようにして、コソッと囁いた。 「お前ら、役者を離れても付き合ってんだろうが。知らねえとでも思ってた?」  相も変わらず冷やかすようなニヤけ交じりである。その問いに、 「……っるせーよ」  遼二は短くそう返すと、氷川の腕を取って、 (おい、出るぞ――)  そそくさと撮影中のスタジオを後にした。 ◇    ◇    ◇  夏に向かう時分の今、まだ陽が高かったが、時間的にはそろそろ飲み始めてもいい頃合いである。出足もまばらなバーの一角に腰掛けて、遼二と氷川は各々の好む酒をロックで嗜んでいた。 「で? お前ら、どっちから惚れて、どっちから告ったわけ?」  未だ興味津々といった調子で、氷川が遼二の耳元に問いを落とす。 「さぁな、そんなことは覚えてねえ。知らねえ内に何となく……だな」  バーボンを含みながらそう返す遼二の頬が僅かに朱に染まっているように思えるのは、薄暗い中にも暖かな光を点す橙色の照明のせいでも、はたまた強めの酒のせいでもない。照れ隠しなのか、視線を合わせようともしないままで、またひとくち、バーボンを口に運ぶ様子を横目にしながら、氷川はクスッと楽しげな笑みを漏らしてみせた。  この氷川と遼二は、事務所の中でも互いに『攻め役』オンリーで出演している役者仲間だ。どういう因果か、生まれも同じ香港で、共に両親が裏社会で生きているという境遇までもが似通っていた。その実、事務所で顔を合わせるまでは互いのことを知らなかったという間柄なのだが、何を隠そう、双方の父親同士はよくよくの知り合いだったらしい。  氷川の父親は香港とマカオ界隈を仕切る裏社会の頭領で、いわゆるマフィアのボスと言われる男である。氷川は妾腹の子供だったが、実子同様に可愛がられて大切に育てられた。その恩もあってか、氷川自身も父親を心から尊敬していて、今は日本で幾多の企業経営に精を出しながら組織の資金稼ぎに一役買っているといったところだった。役者業は趣味の域だが、幼馴染みで――やはり同じ事務所の役者仲間でもある粟津帝斗(あわづていと)に誘われて撮影現場に遊びに来て以来、興味を惹かれるままに足を突っ込んでいるのが現状だ。  一方の遼二は同じく裏社会で一流の『始末屋』と讃えられていた父の下、香港で生まれ育った。両親共に日本人だが、父が仕事の拠点を香港に置いていた為にそちら住まいだったのだ。幼い時分に母を亡くし、父の男手一つで育てられた上に、常に身の危険を伴う稼業である。それ故、護身術をはじめとする数々の武道や射撃までをも叩き込まれて育ったという、奇異の境遇の持ち主である。高校最後の一年くらいは故郷である日本で過ごさせてやりたいとの父の要望で転校してきたのだが、そこで一之宮紫月と出会い、卒業後も香港には帰らずに日本に留まることに決めたのだった。  このようにして、互いに近い境遇の上に役者としても同じ立場の『攻め役』同士だ。そんな経緯からか、氷川と遼二は敢えて口には出さずとも互いを良き友と認め合った阿吽の間柄だった。 「ま――お前らは役の上でもカップルを演ることが多いし、正直似合いだとは思うよ」  クイと美味そうに氷川も自らのコニャックを口に運びながら、そう言って笑う。  確かにこの遼二は先程の紫月と恋人役に配役されることが多いのだが、そういう氷川自身にも紫月と恋人になる設定の話が回ってくることもある。まあ役の上とリアルが違うのは役者ならでは――であるにせよ、氷川としては実際の恋人が別の男と恋に落ちるシーンを傍で見ているのは、少なからず悶々とするのではないのか――と、まあ、そんなふうに言いたげなのである。 「さっきの撮影だってよー、あんなエロショット見せられたら、俺だったら嫉妬に狂いそうだわ。お前、よく平気な顔して見てられるわな」 「しゃーねえだろ。それも俺らの仕事の内だ。実際……ドラマの中でだって濡れ場もあるし」 「そりゃそうだけどよ。濡れ場ったって実際にヤっちまうわけじゃねえし、”フリ”だろ。けど、さっきのはいくら何でも単独であんなエロショット……お前さぁ、紫月のあんな姿見て欲情する”誰か”のこととか考えねえわけ?」 「誰かって……誰だよ……」 「や、だからスチールやドラマを見た誰か……だよ。紫月のエッロい姿をオカズにするヤツだっているかもだし」  きわどい台詞の割には存外真面目な顔付きでそんなことを訊いてくる氷川に、遼二は苦笑いをするしかない。 「ンなの、初めっから分かり切ってることじゃねえ? そういうてめえの出演作だって……エロシーン見た誰かがオカズにしながら抜いてっかもよ?」 「はぁ!? 俺の!? や、そりゃ確率少ねえだろ? 俺、タチ役だし」 「お前ねえ、世の中にはタチだからオカズにならねってワケじゃ……って、もういいや。てめえにゃ何言ってもダメな気がしてきた」  遼二は笑いながら黒服を呼び、慣れた仕草でお代わりを注文した。  氷川の言いたいことは重々理解できた。要は役を離れた現実に於いても、恋仲である紫月と共に同じ事務所で役者をしていて、不安や嫉妬という厄介な感情に惑わされることはないのか――ということを心配してくれているわけだろう。いかにも硬派な強面の見てくれに反して、意外や、オトメなところのある氷川に心温まる思いがしていた。  ふと、テーブルの端にシュガーポットを見つけて笑みがこぼれる。そういえばこの店は昼間は喫茶も兼ねていたことに気が付く。 「何? 思い出し笑いか?」 「いや、あいつだったらこの酒にも砂糖を入れそうだなと思ってよ」  ロックグラスを見つめながら微笑う遼二の表情は、そこはかとなくやさしげで、まるで愛しい者に向けられる視線そのものだ。この表情を見ただけで、何も訊かずとも彼の本心が垣間見えるようだった。 「そういやあいつ、すっげえ甘党だもんな。珈琲にも砂糖を三つ? 四つだっけか?」 「四つだな」  そう言って、いかにも甘そうに笑う。 「なぁ氷川、俺はさ、あいつが……紫月が役者になるって言い出した時から心は決まってっから」  まるで独り言のようにそう呟いた遼二の横顔がひどく大人に見えた。おそらくは秘め隠しているのだろう嫉妬や戸惑いの感情を、その端正な横顔に閉じ込めたまま、それは確かに憂いを伴っているにせよ――だがしかし、穏やかな表情の中に強い”芯”を感じさせるようでもあって――そんな親友を間近にしながら、氷川もまた温かな思いが湧き上がるのを感じていた。それは格別の友情とでもいおうか、氷川はこの遼二と紫月が末永く幸せでいてくれればいいと、心からそう思うのだった。 「つまりは何だ、お前らってそんな昔からデキてたってわけな?」  軽口で返しつつおどけてみせる氷川を横目に、そんな彼の細やかな気遣いが心にしみる。遼二は手にしていたグラスを差し出し、二人は互いの気持ちを乾杯に代えて、軽くグラスを突き合わせたのだった。 ◇    ◇    ◇  『官能モデル』のスチール撮影も無事に済んだその日の晩――氷川とバーで別れた遼二は、恋人である一之宮紫月のマンションの一室で甘やかな時を過ごしていた。 「な――今日の俺の撮影、どうだった? お前、途中で氷川と一緒に出て行っちまっただろ? 最後まで見ててくれると思ってたのによ」  ソファに腰掛けた遼二の膝の上に乗り、首筋に抱き付くように腕を回しながら紫月がそう問う。その唇はツンと不満を称えて尖っていた。 「ん、悪かった。氷川と会うの、久しぶりだったからさ。ちょっと飲みに付き合った」 「ふーん? 俺はまた……俺のエロショット見て、お前、勃っちまったのかと思った。そんで最後まで見てらんなくて逃げたのかーって」  ふくれっ面とは裏腹に、悪戯な笑みを携えて紫月は楽しげだ。クシャクシャと遼二の黒髪を指先に絡ませて弄びながら、まるで子供のように彼に甘えてみせる――おそらくこんな紫月の姿は事務所の誰しも想像が付かないことだろう。それというのも、紫月は普段は誰に対してもひどく無愛想だからだ。別段、わざと高飛車にしているわけではないのだが、それは彼の性質的なもので、決して悪気があるわけでもない。事務所の役者仲間の間では気心が知れているが、初対面の相手からは、皮肉交じりに『紫月君は気難しいよね』などと陰口を言われることも多い。そんな嫌みも大して気にならないマイペースぶりではあるが、紫月にしてみればこれらはごく自然なことで、遼二に対してだけが特別なのだ。 「なぁ、どうだった? 俺の演技……ちっとはその気になってくれた?」  先刻から穏やかに微笑むだけの遼二に焦れるように紫月は訊いた。 「ああ、もちろん。気を許すとやべえくらい……キたぜ?」 「マジ!?」 「……ああ、マジだ」  膝上に抱きかかえた紫月の腰に手を回し、胸元をはだくように頬を寄せて、その白い肌に口づけを落とす。情欲に火が点る寸前のようなとろけた遼二の視線は、紫月の頬を朱に染めた。 「な、遼二さ……俺、今日は『官能モデル』のスチールだから普段より頑張ったんだぜ」  再び唇を尖らせ気味で、モジモジとつぶやく仕草は彼独特の照れ隠しだ。遼二は重々それを知っているから、彼の意に添うように髪を撫でてみせた。まるで『いい子、いい子』と、大人が子供を褒めるように抱き包む。それが嬉しいのか不満なのか、はたまた単に照れているだけなのか、益々唇をツンと結びながら紫月は続けた。 「俺、あの役柄が気に入ってるんだ。主人公の気持ちがよく分かるっつーかさ……」 「ん? そうなのか?」 「……うん」  『官能モデル』というドラマは、『新米カメラマンとゲイアダルト誌の人気モデル』が恋に落ちるという話だ。遼二と紫月のカップリングだから、撮影時も常に一緒だし、むろん濡れ場もある。まだ二人の絡みシーンまで撮影が進んでいないが、互いに相手に対する片想いを自覚して、焦れる思いを持て余すというストーリーである。  遼二の演じる新米カメラマンは、人気モデル紫月のアダルト写真集を見ながら、毎晩悶々と自身を慰めるのをやめられないでいるという役柄だ。対する紫月の方も、新米カメラマンに心を奪われつつ、高飛車な性質が邪魔して素直になれないでいるといった役どころだった。そんな想いを紛らわす為か、紫月演じるモデルの男は撮影中にわざと大胆な仕草を連発し、カメラマンの彼が戸惑い欲情するところを見てみたいと挑発をかける。素直になれない男同士の焦れる想いがテーマになっているようなドラマである。  紫月は数ある出演作の中でも特にこの『官能モデル』が気に入っていると言う。 「……お前が……今日の俺の撮影見てさ、勃っちまったり……とか、ちっとは嫉妬してくれたら嬉しいとか……そういうのが……あの話の主人公と似てるかなって……思ってさ」  僅かにソッポを向き気味でそんなことを告げてくる――普段、人前で見せる素っ気なさなど微塵もない紫月の甘えた素振りがたまらなく愛しく思えて、遼二は腕の中の彼をぎゅっと抱き寄せた。 「ああ、してるぜ……嫉妬も欲情も」 ――そう、お前が想像もできないくらい激しく強く。気を許せば何もかもを焦がし尽くしてしまうくらいに猛り狂うような想いを持て余してる。 「マジ……で?」 「ああ、大マジだぜ――」 「遼二さ……俺ンこと……」 「ああ、好きだよ――どうしょうもねえくらい」  抱きかかえていた身体をソファに沈めて瞬時に覆い被さった。 「遼……ッ」  いきなり体勢をひっくり返されて戸惑う紫月の頬は熟れたように朱色を増す。ふと見上げれば、自身を組み敷き、見下ろしてくる遼二の視線が熱く滾り、それはまるで獣のように激しくもあって、瞳の中には赤い焔がゆらゆらと揺れているかのようにさえ思えた。 「遼二っ、マジで俺が好き……?」 「ああ」 「ホン……トに?」 「ああ……」  首筋から鎖骨へと落とされる吐息交じりの口づけは熱く、既に欲情に火が点っていることをありありと表している。それでも紫月は幾分の不安を称えて彼に問い続けた。 「マジで……妬いた?」 「……ん」 「なぁ、遼二……今日の撮影見てて……ホントに妬けた?」 「……ああ」 ――遼二は優しい。役者同士として共演している時はむろん、プライベートで恋人に戻った時も、いつも穏やかで喧嘩などしたことがない。語気を荒げているのを見たこともないし、よほどでなければ愚痴すら稀だ。  役者として、遼二以外の攻め役と濃厚な濡れ場を撮影した直後でも、『お疲れ様』と笑顔で労ってくれる程で、そんな彼を有り難いと思う反面、物足りないと感じることが無いわけではない。たまには相手役に嫉妬くらいしてくれても良さそうなのに、そういった素振りも全く見せないという完璧さなのだ。だからこそ逆に不安になってしまうのは致し方ないのだろう、紫月はいつもそんな揺らぎの中で戸惑ってもいた。  本当は彼は自分のことがそう大して好きでもないのだろうか――つい、そんな不安がよぎってしまう。  身体を重ねる時はむしろ熱く激しいくらいの情欲を示してはくれるが、もしかしたらそれも単に性欲を処理するだけにちょうどいい相手が今の自分だというだけなのだろうかとさえ思ってしまう。紫月はそんな自分が嫌だった。  だから確かめたかった。  本当はどう思われているのだろう。彼にとって今の自分はどのような存在なのか。どれくらいの好意があって、どの程度想ってもらえているのかを知りたい――焦燥感が紫月を駆り立ててもいた。 「遼二、なぁ……口で……」 「ん? 口でして欲しいのか?」 「ん、じゃなくて……俺がしてえの」 「……え?」 「お前の……舐めてえ……っつったの」  遼二は若干驚いて、ひとたび愛撫の手をとめた。 「そりゃ……もちろん、嬉しいけどよ……」  その言葉に安堵したのか、組み敷かれていた身体を起こして、頬を染めながらおずおずとボトムスに手を伸ばす――そんな紫月に驚きながらも彼の髪を撫でた。 「どした? お前が急にこんなことしたがるなんてよ……」 「……してえよ。いつだって……こんなこと、したい」 「――?」 「俺はさ、もしもお前が俺以外の『受け』と濡れ場なんか演ることがあったら……きっとすっげ妬けちまうと思……う……っん」  鈴口を夢中で貪りながら、その熱にうなされたようにしてそんなことを云う。裏を返せば、こんな行為でもしていないっていうと、素面(シラフ)では告げられないと言わんばかりに――だ。 「な、遼……すっげ硬てえ……すっげ嬉し……つか、俺もヤバイ……」  雄をしゃぶりながら自らもズボンの中に手を突っ込んで、逸る気持ちを鎮めんとする。 「遼……出していいぜ……飲む……」  額に掛かる髪を汗で張り付かせ、吐息は熱く熟れて、冬場でもないのに湯気が立ち込めん勢いだ。完全に陶酔しきった表情を見下ろしながら、遼二は思いきり瞳を細めた。 「バカだな、お前――俺が妬いてねえなんて――本気でそんなこと思ってる?」 「……え?」 「妬いてるよ。いつだって、どこでだって、俺はお前のこと……」 「遼……?」 「俺が思ってること……全部さらけ出したら、きっとお前は逃げ腰んなるだろうなってくらい……妬いてる。いつだって欲しくて堪らねえ――」  紫月のオーラルセックスを解き、体位をひっくり返して背中から抱き包む。片足を思い切り持ち上げ開脚させて、一等欲する箇所を指でさぐって掻き回す。 「……っ、遼ッ……!」 「でもな、紫月――俺はお前が他の『攻め役』に抱かれる演技を見んのも嫌いじゃねえよ」 「――!?」 「俺には手の届かねえところで乱れるお前を見せられながら、どうしょうもねえ嫉妬心を飲み込んで平静を装うんだ。そうするとな……もっともっとお前のことが欲しくて仕方なくなるんだよ。際限なく……欲しくて欲しくて堪らなくなる……」 「っあッ……、そ……こ……はっ、あ……遼――!」  硬く滾る雄を指で散々に舐った後ろに押し当てた。 「挿れるぜ――」  耳たぶを甘噛みし、濡れた舌先で舐め回しながら低い声でそんな台詞を落とし―― 「あ……っはぁ、遼ッ……!」 「紫月――くだらねえ心配する暇があったら、てめえで煽り過ぎてサカった俺に抱き殺されねえようにって、そっちの心配でもしとけよ」 「……あぅ……っは……ッ」  もはや言葉にもならない嬌声を上げるのみが精一杯、思いも寄らなかった本心を聞き、その熱さを目の当たりにして、紫月は信じ難いくらいの幸福と安堵と――そしてこの上なく淫らな欲情の渦中へと墜ちていった。 ――なぁ、紫月、俺の覚悟はとっくにできてる。きっと初めてお前と出会った日から俺はお前に魅かれてた。  惹かれて、魅かれてどうしようもなくて。だから決めたんだ。嫉妬も愛しさも何もかもを飲み込んで、ひっくるめて、お前だけを愛し続けていこうって。だから――  だからさ、余計な心配なんて必要ねんだぜ?  それに……たまにこうして焼きもち焼いたり、不安になってスネてるお前を見てんのも悪くねえなと思っちまう。すげえ可愛いヤツだって思っちまう。  お前が思うよりもどんなにか――俺はお前に惚れ抜いて、溺れちまってるんだから――  そんな遼二の胸中を知ってか知らずか、次の日の撮影に上機嫌で姿を現した紫月を見て、氷川白夜は微笑ましげな苦笑いを漏らしていた。紫月と共に連れ立って撮影所入りした遼二を見つけるなり、 「昨夜は上手くやったみてえだな? ”お姫様”はえらくご機嫌じゃねえか!」  朝も早ようから冷やかし文句も上々だ。 「お姫様って……お前なぁ」 「けど、いいのか? お前らにとっては新たな受難――とでも言うべきかな」  ニヤッと笑みと共に手渡された真新しい台本の表紙には、ギョッとして目を見張るような内容が記されていた。  新作ドラマ  タイトル:未定  濡れ場:有り、濃厚  ジャンル:社会人商社勤務、後輩×先輩もの、年下ワンコ攻め×年上晩熟受け  配役:鐘崎遼二(攻め)、粟津帝斗(受け)、氷川白夜(同僚) 「どうするんだ遼二? お前、紫月以外の『受け』と絡む役なんて初めてだろ? 今度は別の意味で苦労が増えるかもなぁ?」  人の悪い笑みと共に去って行く氷川の向かう先には愛しい紫月の姿――まるで恋人の肩を抱き包むようにしながら「よう、おはようさん」などと声を掛けている。 「あんにゃろ……覚えてろよ」  チィ、と舌打ちして淹れ立ての珈琲をすする。 (けど……この台本……正直どうしたもんだろうか)  前途多難な遼二の、役者としての一日がまた始まるのだった。 - FIN -

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