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episode1. 衝撃の残像

 真っ白なスーツのところどころに泥がかすれ、整った顔には殴られたようなドス黒い痣が浮かび上がっている。  対照的な墨色のスーツの男たち複数人に囲まれて、背後には壁、逃げ場がない。 「()るんなら一思いにやれよ……」  ちんたらしてんじゃねえ、とばかりに周囲を睨み付けて覚悟を決めたように言い放つ男を、ニヤニヤと含み笑いを浮かべながら取り囲んだ。 「組織を裏切った野郎がデケェ口叩いてんじゃねえ! てめえは頭領(ボス)の顔に泥を塗りやがったんだからな。つまりは組織全体にこの上ない恥をかかせてくれたってわけだ。恥には恥を持って返すってね? せいぜい時間をかけてたっぷり可愛がらせてもらうさ。それがてめえに対する頭領からの制裁だ」  その言葉通りに追い詰めた彼を捕らえ羽交い絞めにし、地面に押し倒して両の腕を靴で踏みつける。痣の浮かぶ頬をペチペチと叩き顎先を掴み上げ、ともすれば首を絞めるような勢いで脅しをかます。そうされて尚、降伏のひと言さえ漏らさない強気の彼を見下ろして、男たちはゴクリと喉を鳴らした。 「さすがに組織の幹部を張ってただけはあるってとこか? だが、てめえのその意地がどこまで持つかな?」  少し逸ったように言葉を上ずらせた男の顔がいやらしく歪み――シャツのボタンがひとつひとつ弾かれて白い肌があらわになるごとに、黒いスーツの男たちの口元がニヤリとゆるんだ。 「何のつもりだてめえら……!?」  身を捩ろうにも、身体中のどこそこを拘束されて(まま)ならない彼のボトムのジッパーがジリジリと下ろされて、泥で汚れた白いスーツと同じ色の木綿の下着があらわにされてゆく。 「ふざけたマネしてんじゃねえっ! 放しやがれ、この野郎ッ!」  半信半疑の破廉恥な仕打ちに対して威勢のいいのは最初だけ――男たちに背後から拘束されながら着衣を剥ぎ取られてゆくのに呆然となった。  胸飾りの突起を指の腹で撫で回されながら、下着が腰骨の位置まで下ろされる。ここまでされて、強気だった美しい彼の顔は次第に蒼白へと翳った。 「……ンのッ、クズ共が! よさねえかっ……!」  焦って裏返った抵抗の言葉、それを面白がるように彼を拘束している男の指が口中に突っ込まれ、同時に彼の薄茶色の髪までもが掴み上げられた。 「やめろと言ってる……! ッくしょう、放しやがれっ! 退けっ! うぁ……!」 「うるせえっ!」  男たちの中の一人が暴れる彼の頬に数発、平手打ちを食らわせれば、整った唇の端が切れて少しの鮮血と紅い痣が浮かび上がった。  凛とした気高そうな視線が苦渋に歪み、だがそれでも屈服の意思を未だ見せない気の強さに相反して、ズタボロ一歩手前の傷だらけの姿は欲情ともつかない奇妙な憐情感を誘発させる。 ――今現在、自身の目の前で繰り広げられている光景だ。  おそらくは老若男女を問わずに彼を見た殆どの者が美しいと思うだろう顔立ちの男が一人、複数人の男たちに囲まれて辱められようとしている様。  引き裂かれた服から垣間見える肌に思わずカッと頬が染まる。  激しい抵抗も虚しく、痴態がさらされていく様を、ただただ絶句状態で見つめていた。 ◇    ◇    ◇ 「そう! そのまま視線こっちに! もっと屈辱的に喘いでみて!」  カシャカシャとカメラのシャッターをきりながらそんな注文を出しているのは、ベテランカメラマンであり、自らの師匠でもある男だ。その横で、新人アシスタントの鐘崎遼二は、唖然としたように事の成り行きを眺めていた。  憧れだった人気写真家の氷川白夜に付いてから今日で一週間になるが、男が陵辱に喘ぐ――こんな設定の撮影にどう対処してよいか分からずに、アシストどころではないというのが正直なところだった。 「おいこら、遼二! ボサッとしてんじゃねえ! その板、もうちょい傾けろっつったろ!?」 「あ……は、はいっ! すいません……!」  撮影用のレフ板を持ったまま硬直している様子に、師匠の氷川から怒号を食らっても、おいそれとは思うように動けずにモタモタと戸惑うばかりだ。  黒いスーツ姿の男たちに脱がされて辱められている白スーツの彼は、すぐそこの手の届くところで組み敷かれ喘いでいる。  視線をどこにやっていいかさえ分からないというこんな状況で、レフ板がどうのなどと言われても思ったようには動けない。オタオタとするばかりで、遼二は頭の中が真っ白になっていた。  そんなことにはお構いなしに師匠の氷川はシャッターを押し続けている。 「もっと! もっと堪んねえって表情を強く出して! イかされちまう瞬間みてえな表情(カオ)欲しい! 喘ぎ声も色っぽく――! そう、そのまま視線こっち!」  そんな注文通りに組み敷かれている彼が地べたの泥にまみれて身を捩る。 「やめ……ろ! ……っ! はっ……!」  生々しい吐息が至近距離で耳元を侵食する。  知らずの間に身体の中心が硬く熱く欲情させられてしまったことに焦って、遼二は思わず身を屈め、持ち上げていたレフ板を転がしてしまった。 ◇    ◇    ◇ 「バカッ! 何やってんだ! いっちゃん山場のシーンなんだぞ!」 「……っすいません……!」  慌てて板を拾おうと手を伸ばしたが、完全に勃起してしまったらしい自らのモノが、きついジーンズの中でどうにもならない。  そんな変調を周囲に気付かれるのも滅法みっともないが、それ以前に痛いくらいに膨れ上がった欲情が恨めしくてどうしようもなかった。  なんてこった――!  女相手ならまだしも男のこんなシーンに反応してこのザマだなんて信じ難いを通り越して驚愕だ。言っちゃなんだがこんなことは初めてだ。 「ちょっと休憩にしたら?」  どうにも身動きすら出来ない新人アシスタントの様子に、周囲の皆がクスッと笑いながら口々にそんなことを言っている。その気配りは有難いが、謝罪の言葉さえ咄嗟には思いつかなかった。 「仕方ねえよな、今日が初めてだってんだもん。ちょっと刺激が強すぎたんだよなぁ?」 「大丈夫か、兄ちゃん?」  などと、黒スーツの男たちが次々に声を掛けてくれるのが本当に有難くて、申し訳なくて、だが未だに硬直と緊張は解けてくれそうにもなくて、遼二はガックリと肩を落としたままその場に固まっているしかできなかった。  そんな様子に呆れるかのように、背後からクスッと鼻先で笑われたような気配を感じて振り返れば、そこには侮蔑めいた横目にこちらを見つめている一人の男の視線――  白いスーツの男だ。  手際の悪いこちらの失態にやれやれといった調子で軽く溜息を漏らしている彼は、今しがたまで悶えながら恥辱の嬌声をあげていた男とは思えない程に印象が違う。 「何? もしか撮影(いまの)見てて興奮しちまったの、あんた?」  まるで挑発するかのようにグッと顔を近づけながらそう言った彼の仕草に、より一層頬の熱が増すような気がした。 ――立ち上る甘い香りがグラグラと脳神経を揺さぶり、目眩を誘う。  素人はこれだから困る、といわんばかりの苦笑いまじりに呆れ果てた態度をされても、何故か彼から視線が外せない。  恥ずかしいと思う気持ちよりも、悔しいと思う気持ちよりも、彼への興味の方が先立って呆然となっている自らの気持ちの方がよほど驚愕だった。  ここは官能写真集の撮影現場だ。  廃墟を模ったセットの中に無数の照明やコードが散乱、配置している。  やれやれと言って休憩をうながした師匠の氷川をぼんやりと目で追いながら、新米アシスタントの遼二は、まるで夢幻の中にいるような心持ちで呆然と佇むのみだった。 - FIN -

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