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オマケ小話 - 氷川と中津川の昼飯トーク -

「しっかし今回はマジで驚いたなぁ……。遼二のヤツにあんなすげえ演技ができるとは思わなかったぜ!」  中津川が感心顔で言えば、氷川も全くその通りだと深くうなずいてみせた。  今日は週末と旗日の振り替えが重なった連休だ。氷川の事務所も休みなのだが、次の撮影の打ち合わせで氷川と中津川だけが昼飯を共にしがてら出向いてきたのだ。 「だが俺の勘は見事当たったってわけだ。俺、前々から言ってたろ? 遼二が初めて俺ンところにやって来た時に、こいつは撮る側じゃなく撮られる側の人間だって直感したって話!」 「ああ、そういえばそんなこと言ってたわな。しかし……あの遼二があそこまで見事にやり遂げるとはねぇ。あいつ、見てくれは抜群のナイスバディなイケメンだからよー。顔は出さねえ身体だけの出演なら、例え大根役者だったとしてもそこそこな絵は撮れると思ってたんだよ」 「まあな。俺も遼二はシルエットだけでと思ってたんだが、あんまりにもいい演技するもんで、しっかり顔まで隠し撮りしちまったくらいだ」  氷川がそう言って笑う。 「だよなー! 遼二のヤツ、男前のくせにウブっつーかさ。どっちかいったら晩熟の部類かと思ってたんだが、すっかり裏切られた感じだぜ。あの二人の演技を見てた紫月んトコの社長がさ、引退するなんて言わねえで今からでも考え直してくんないかって言ってたそうだぜ。遼二を本格的なタチ役にして、紫月と組んでくれたらって地団駄踏んだって」 「そうらしいな。俺にもどうにか二人を説得してくれねえかって言ってきたわ。紫月がスランプだったなんて嘘のようだってすげえ惜しそうにしてたから。気持ちは分かるわな」  社長にとって、それほどまでに遼二と紫月の絡みシーンが印象的だったらしい。 「けどなぁ、今回遼二があれだけいい演技ができたのは――相手が紫月だったからだと俺は思うね。仮に本格的なタチ役としてデビューしたとして、ネコ役がどこの誰とも分からねえ相手なら演技どころじゃねえと思うぜ」  氷川がそう言って苦笑する。すると中津川も似たようなことを口にした。 「やっぱり氷川もそう思うか? 俺もあいつら二人を撮りながらさ、もしかしてこれは演技じゃねえのかもって思ってたんだ。まさかだが――遼二と紫月君はデキちまってるんじゃねえかってさ」  中津川が『うーん』と首をひねりながら唸っている。その側で、氷川がクスッと苦笑をもらした。 「もしかして――じゃなくて、デキてるだろ」 「え……!? マジッ!?」 「じゃなきゃ、あの実直男があんなエロい演技できるわきゃねえだろが」 「……って、マジでマジなのか!? つか、いつの間に……!」 「俺はあの二人を引き合わせた時から何となくイイ仲に発展するんじゃねえかと思ってたがな」 「マジかよ!? 俺、全っ然気付かなかった」 「中津川は仕事人間だからな。恋愛には疎いんだろ?」 「はぁッ!? 相変わらず容赦ねえっつか、失礼だなぁ、お前さんは! ま、当たってっけどよー」  それにしても驚いたと、中津川は未だ瞳をグリグリとさせている。 「まあ、遼二の場合は親子遺伝じゃねえのか?」 「――は? 遺伝って……なに?」 「どうやら遼二の親父さんとレイ・ヒイラギも熱々――つか、ラブラブらしいぞ」  氷川がサラリと言った途端、中津川は飲みかけたコーヒーを喉に詰まらせた。 「ブハッ……ッ! って、ちょ……待て待て待て……! っおー、苦し……」  ゴホゴホと咳き込む彼の背をさすりながら氷川は笑った。 「なんでも遼二の住んでる部屋の真下を紫月の社員寮にするとかでな。リフォームして住まわせるらしいが、実質は同棲……つか、同居だろ。親父さんとレイ・ヒイラギが実質婚の間柄だからこその理解ってもんだろう」 「はあー、マジかよー。なんかめちゃくちゃボーイズラブな世界だな」  中津川からはおおよそガラでもないようなファンタジックな台詞が飛び出す始末だ。 「まあ、でも確かに絵になるっちゃなるわなー。遼二と紫月君なんてゲイアダルトってよりは……やっぱボーイズラブだろ」 「はは、確かに」 「それにしてもレイ・ヒイラギ! やっぱ実物を間近で見たらめちゃくちゃ迫力あったなー。存在感が違うってのか、そこに立ってるだけでオーラがビシビシ伝わってきてよ。俺なんか若い頃はレイ・ヒイラギの載ってるファッション誌を見て育った世代だからよ、すげえ興奮しちまったぜ」 「同感だ。今回の撮影の為にって、遼二の演技指導もレイ・ヒイラギがしたって言ってたしな。まさにプロ中のプロだと思ったわ」 「特にあれだ。俺がシビれたのはレイ・ヒイラギが去って行くラストのシーンだな。ほら、『二度と俺の前にツラ見せるな。それでお前らへの制裁とする』って場面あったろ? あの時の表情がよ、めちゃくちゃすげくてな」  中津川によれば、組織を裏切った紫月への怒りは無論のこと、それと同時にわずか寂しさをも伴った、何ともいえない表情に感じられたというのだ。そして、マトリと共に生きることを選んだ紫月に対して、『幸せになれよ』というような思いも感じ取れるような、とにかくひと言では言い表せない複雑な思いがあの短い一瞬に凝縮されていたように感じられたのだという。 「正直、撮りながら背筋がゾクゾクきたね、俺は! ヘンな意味じゃなく、レイ・ヒイラギに惚れちまいそうって思ったぜ」  興奮気味に瞳を輝かせる中津川に、氷川も似たような思いでいたのだろう。そうだなと言って笑った。 「けど、そんなレイ・ヒイラギと――それに紫月のことも引き続き撮らしてもらえることになったんだから、俺らもますます気張らねえと!」 「だな! それに遼二も今度は撮る側でもがんばってもらわねえとだしな」 「そうだな。先ずはあれだな、そろそろ遼二のコーナーも作ってやるとするか」  遼二のコーナーというのは、氷川の事務所のホームページに載せているカメラマンたちの作品集のことだ。 「お! いいねぇ。ヤツもますますやる気を出すんじゃねえか?」 「ま、俺の直近の夢は――遼二が撮った紫月のショットが見られる日が一日も早く来るようにってことかな」  そう言って笑った氷川の視線は頼もしげで、それと共に弟子の成長を願う慈愛に満ちあふれているものだった。そんな氷川を横目に見ながら、中津川が得意げに呟いた。 「いいねえ、弟子思いのその表情! 思わず惚れちまいそうだわ」 「はは、そうおだてるな」 「いんや! おだてじゃなくて素直な感想よ! そうだ、この際俺らもボーイズラブしてみっか!」  想像だにしない中津川からの突然の告白に、今度は氷川が飲みかけたコーヒーを噴き出してしまった。机の上の資料には盛大にコーヒーの染みの痕、跡、アト――。 「あ、悪ィ――。冗談だからな?」  中津川が暢気に笑いながら氷川の背中をトントンと叩く――そんな平和な午後だった。 - FIN -

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