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第18話

 眠るといっても、必要最低限の物しかない家なのだから。ベッドは一つしか無い。当然、シャンティがユウを床で寝させるような事を許しはしないし、シャンティだけが起きているのも、床に寝るのもユウは望まない。つまり、彼らはその狭いベッドで、小さくなって眠るしかなかった。  布団も一枚しかないわけだから、二人はシャンティの家でそうするように、抱き合って眠る。ただ、今日は何かするわけにはいかない。この家は壁が薄いし、ここで何がしか行うと筒抜けになってしまう。あの森の小屋とは違うのだ。ユウは絶対に何もしない、と固く決意してベッドに入ったのに、シャンティのほうはといえばいつものように、愛しげにユウに口づけを落とすのだから困ったものだった。 「しゃ、シャンティ・・・・・・あの」  ちゅ、ちゅ、と額や瞼、頬に何度もキスをされて、ユウはもぞもぞと逃れようとするのに、シャンティは全くやめてくれない。ばかりか、ぎゅっと抱きしめられて、唇にもキスをされ、ユウは流石に声を上げた。 「あの、あのさ、今日は、まずいんだよ、その、ほら、俺も近所付き合いとかあるし」 「ええ、わかりますよ。近所付き合いは大切です」 「だからその、わかるだろ? 今日はダメなんだよ、できない……っ」  言っている間にも、キスを続けられて、ユウは「シャンティ~っ」と声を上げて身をよじった。何にもわかってないじゃないか、ともがいて訴えたが、「わかっていますよ」と彼は柔らかく微笑む。 「今日は、性行為をしてはいけません」 「そうだよっ、だから……」 「ですが、私が貴方を愛でることと、それとは無関係でしょう?」  むずがる子供を抱き寄せるように、シャンティの腕がユウをまた抱擁し、髪を、体を撫で、柔らかく口付けられる。ふわりと花のような甘い香りがして、ユウはもう我慢の限界を迎えそうだった。シャンティと違ってユウはまだ若い。自分の意思に反して体が熱を帯びてしまうことだってある。シャンティはユウを赤子かなにかだと思っているから、それがわかっていないのだ。  いや、もしかしたら、わかっていてやっているのかもしれない。だとすればなおさら、性質が悪い。 「~~~~っ、あーっ! 絶対! 絶対何もしないからなっ!」  ユウは顔を赤らめながらも、シャンティに背中を向けて目をきつく瞑った。寝てしまえばそんな気も起こらないはずだ。背後でシャンティがクスクス笑っている。まだ何かしてくるか、と思ったが、もうキスはせず、ただ優しく抱きしめられた。 「おやすみなさい、私の愛しいユウ」  シャンティがそう囁いて、それでもう動かなくなった。ちら、と後ろを振り返ろうとしたが、抱きしめられていて叶わない。もう寝たのかな、と思うと、少しだけ寂しいような気がして、それはそれで困った。  そういえば、どうして急にシャンティは泊まるなんて言い出したんだろう。  ユウは明日起きたらそれを聞こうと考えながら、深い溜息を吐き出して目を閉じた。     とにかく眩しい。眩しすぎて目を覚ました。見ると窓にかかっているはずのカーテンが全開になっていて、そこからシャンティが外を眺めている。 「シャンティ、眩しいっ」  ううー、と唸りながら顔を抑えて文句を言うと、シャンティが「ああ」とカーテンを戻してくれて、部屋の明かるさは少し落ち着いた。それでも目は覚めてしまったようで、二度寝もできず、かといって起きる気にもならず、ユウは呻きながら布団の中でごろごろと転がった。 「ごめんなさい。朝日を浴びるのが久しぶりだったもので、つい」 「シャンティ、あんな所に住んでるのに、朝日が好きなの?」 「人間はいつだって太陽を欲するものでしょう?」  答えともそうでないともつかない返事がある。シャンティの住む森はいつも霧が出ていて薄暗い。空を見上げても生い茂る樹木の枝葉が覆っていて、陽の光がはっきりとは差し込まないのだ。その上、窓一つ無い小屋で過ごしているのだから、朝日が珍しくもなるだろう。それはわかるが、それで叩き起こされるほうは、たまったものではない。 「そんなに朝日が好きなら、森から出ればいいのに……」  思わず呟いて、それから心にもないことを言った、と少し後悔した。シャンティはあの森の奥で、何十年も癒えない心を慰めているのだ。出ればいいのになどと、気軽には言えない。少なくともユウはそう考えていたから、言わないようにしていた。つい口から出てしまったのは、きっと考えと思いは多少異なるからだろう。かつてシャンティを初めて抱いてしまった時のように。 「……そうですね。考えておきます」 「えっ……」  思わぬ返答に、ユウは今度こそ目を覚まして、上体を起こすとシャンティを見た。彼はもういつもの服を着込み、いつでも出かけられるだろう姿をして、ユウの椅子に腰かけている。その視線はカーテンの閉ざされた窓に向けられていた。  街での暮らしに、人との営みに興味が戻るほど、心が癒えたのだろうか。いや、そんなはずはない。だったら、いつもあの薬に酔っているのはおかしい。今だって、ふわりとしていて眠たげだから、きっとあの薬を飲んでいるのだ。ユウが何と言うか考えていると、「そういえば」とシャンティが先に口を開いた。 「酒場のご主人が言っていました。近頃、この辺りで夜な夜な男が襲われると」 「ん?」 「街の外でのことらしいですが、黒い影のようなものが忍び寄って、男ばかりを襲うのだそうですよ。ユウは、そのお守りがあるから大丈夫だとは思いますが……念のため、真鍮を細工して守りを増やさないと、安心して貴方をここにおいておけません」 「え、……なに? つまり……昨日の夜は護衛してくれてたの?」  話の流れから推測すると、シャンティはユウを見て柔らかく微笑んだ。 「酒場の主人が真鍮を手配してくれていますから、今日はそれを加工し、貴方に託してから帰ることにします。近頃『彼』が現れないから、人間を食い散らかしているだけかもしれませんが……」 「彼?」  何を言っているのかよくわからず、ユウが首を傾げる。シャンティは柔らかい口調で、しかしいつものように少し話をはぐらかした。 「ユウ、あの森はとても神秘に満ちています。私の他にも、人によく似た人でないものはいくらか住んでいるのです。彼らは友好的であったり、そうでなかったりします。私が貴方に手を出すなと言って聞くものでもありませんから、くれぐれも、夜遅くはむやみに出歩かないで下さいね」 「う、うん……」  こういう言い方をしている時、シャンティはユウの疑問にあまり答えない。あるいは、ユウの前で独り言を呟いているような、一方的なものであることもしばしばだ。それに会話が成立しないことも多い。だからユウは半ば諦めた。 「ユウ」 「うん」 「私は、貴方の暮らしを見たいと思ったのです。貴方はこの街で、満ち足りていますか? 苦労や、悲しみを負ってはいませんか?」  シャンティの問いに、ユウは胸が痛んだ。そして、迷いなく頷いて、シャンティが微笑むのを見て安心した。 「なら今日は、街を案内してもらえますか? 貴方の暮らす場所を。貴方に、この街に相応しい服も選んでもらわなければいけませんしね」  その前に、お守りを作らないといけませんが、すぐにできますから。シャンティの言葉に、ユウは「もちろん」と返事をした。  ユウの首のペンダントは、増えるばかりだ。

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