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第17話

 どこまでもマイペースなシャンティに振り回されながら、しかし基本的に逆らえないユウは、彼を自宅へと招き入れた。彼は物の少なすぎるユウの部屋を見て、「ちゃんと生きてるんですか?」と不思議な質問をした。  シャンティは食事も睡眠も必要とはしない。彼はエルフの特質で森に愛されているので、今でも夜までには家に辿り着けるだろう。どうしてうちに泊まりたいと言い出したのか、ユウにはよくわからない。椅子は一つしかないから、それをシャンティに明け渡して、ユウはベッドに腰掛けるしかなかった。  とはいえ、部屋に戻って来たからといってやる事もない。食べて寝るだけの場所なのだ。どちらも必要としないシャンティが、こちらを見ているだけの、なんとも居心地の悪い時間ばかりが続く。いつもはこうではない。シャンティはごそごそと薬を作っているから、ユウがぼんやり彼を見つめたり、ドライアドと遊んでる間には時が過ぎていくのだが。  いたたまれなくなって、ユウは切り出した。 「その、……あのさ、シャンティ」 「はい?」 「エルフって皆、シャンティみたいな感じなの?」  質問をしてから、これは何の質問なんだろうな、とユウは自分で思った。シャンティみたいな感じ、とは何を指すのだか。彼はどう思ったのか、「エルフのことが知りたいのですか?」と微笑んでいる。 「う、うん。なんだかんだ、あんまりわからないままだから……たまには教えてくれてもいいだろ? その……宿代、みたいなもんだと思ってさ」  いつもはぐらかされてばかりだから、ダメで元々とそう言った。けれどシャンティは意外にも「なるほど、構いませんよ」と頷いた。 「えっ、いいの」  2年もろくに話してくれなかったことを、シャンティはあっさりと了承してくれた。ということは、別段隠していたというわけでもないらしい。 「エルフの何をお話ししましょうか」 「ん、んー。生態……っていうか? 皆、シャンティみたいな感じなの? 人のそばに暮らしてたり、めちゃくちゃ甘やかしたり、……お代は塩だけでいいとか言ったり」 「ふむ、なるほど」  シャンティは一つ頷いて、ゆっくりと話し始めた。 「エルフというのは、人間を始めとする動物と、生まれ方が異なるのです。ですから、考え方は貴方達とは似ているようで全く違います。これは例え話になってしまいますけれど、貴方は犬や、馬に人間と似た部分を探しても、求めはしないでしょう?」 「ん?」 「人と同じでないことを責めはしないはずです。二本足で歩かず、言葉が通じず、食事に手を使わず、また人のように思考しないことを認めて、愛するのではないですか? それさえも愛しいと思う故に、共に過ごすのでは?」 「ああ、うん、わかるよ」 「それと同じなのです。エルフと人はよく似た違う存在。少なくともエルフのほうは強くそう感じています。だからこそ、人の人らしいところが愛おしい。エルフは皆、そのようになっています。まあ、個体差が無いとは言いません。私などもその一つでしょうね……」 「シャンティは、エルフの中でも変わってる?」 「ええ。まずは見た目が、そして内面が」  シャンティはそこで一度溜息を吐き出して、天井を仰いだ。さて、何処までお話ししたものでしょう、と呟くから、ユウは「シャンティが話せる範囲なら」と答えた。その言葉にシャンティはユウを見て微笑む。優しい子ですね、と。今の言葉の何処に優しさが有ったのだろうか? ユウにはよくわからない。 「この辺りの人間達はよく知らないようですが、エルフには二種類いるのです。一つは貴方達もよく知っている、金髪に白い肌、青い瞳のエルフ達。彼らは森のエルフと呼ばれています」 「うん、よく聞くやつだ」 「それと、大陸の東にはとある島に、黒髪に黒い肌、金色の瞳のエルフ達がいます。彼らは島のエルフと呼ばれているそうです」 「黒いエルフかあ。じゃあ、シャンティは島のエルフ?」 「いいえ。私はそのどちらでもありません。……合いの子、というやつです。それ故に、私はエルフには育てられず、人間の村に捨てられて、人間に育てられました」  それが、ユウの生まれた村です。シャンティの言葉にユウは目を丸くした。  合いの子のエルフで、人間に育てられた? それは考えただけでずいぶん異常なことだと思う。先程シャンティは自分達の関係を、人間と犬に例えた。その話で言うなら、犬に育てられた人間、と同じようなものだ。  それは恐らく、随分とおかしなエルフに育ってしまう事だろう。 「……お察しの通り、私はエルフでありながら人間に教育されたので、中途半端な存在になってしまいました」  おかげで苦労することも多いですが、助かっていることもあるので、私は気にしていないのですが。シャンティは苦笑してから、ユウに向かって微笑む。 「それでも、私はエルフですから。こうして、貴方と同じ時間を過ごせることを、私はとても幸福に思うんですよ、ユウ」  そんな可愛いことを言われるから、ユウはいつも困ってしまうのだ。  長い時間を孤独に過ごした彼は、ユウと共に在ることで、心の傷を癒している。ユウには自分の命より他に守るべきものもないから、それでシャンティが守られるならそれでいいと思っていた。なのに、シャンティがお金や家や仕事をなんとかしてくれたりと、更にユウを守ろうとするのだから困る。  もう十分よくしてもらってる。だから、シャンティも自分を優先していいのに。そう伝えても、彼は「私の幸せは貴方が幸せであることですから」と微笑むばかりなのだ。

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