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第16話
シャンティはマスターに用事があると言っていた。酒場まで同行したが、話には参加しないほうがいいだろうと考えて、ユウは酒場の隅で待つことにした。昼でも人が絶えはせず、交流の場であるそこは賑わっていて、しかし酒は無いから軽食をつまんでいる者も多い。ユウもウェイトレスの女性に軽食を頼んで、シャンティ達の会話が聞こえない程度に離れた場所に腰かけた。
食事が来るまで暇なので、シャンティとマスターのほうを見る。フードを取ったシャンティは、いつもの眠たげなぼんやりした顔はしていたが、本当に美人だ。彼が柔らかく微笑んでマスターと何事か話し、物のやりとりをしている。それを眺めている間には、店で人気のサンドイッチが届いたからそれを頂くことにする。
「森のエルフだって話だけど」
小さな声が聞こえたのはその時だ。近くの席の見慣れない青い服を着た男達が、シャンティのほうを見ながらヒソヒソと話をしている。
「エルフってのは、普通金髪に白い肌なんじゃないか?」
「ああ、でもアイツは髪は黒いし、肌はまるで木の幹みたいな色だ。本当にエルフなのかな」
それはユウも不思議に思ったことではあった。エルフといえば、金髪に白い陶器のような肌、青い神秘的な目をしていて、耳は尖っている、容姿端麗で不思議な生き物のはずだ。しかしシャンティは少なくとも、その色味の特徴は全く持っていない。以前そのことについて尋ねてみたけれど、「貴方達人間にも色が濃い人はいるでしょう」とはぐらかされただけだった。
思えば、シャンティはあまり自分の事を話してくれない。よくユウにはいろんな事を聞くのに、シャンティのほうは聞いてもはっきりとは答えてくれないことが多かった。
今回のこともそうだ。週に一度は会いに行って、しかも体を重ねるような関係なのだから、今日街を訪れるなら言ってくれればよかったのに。マスターとの用事も自分に言いつけてくれてもよかった、内容は知らないけれど。そういう、シャンティが少しだけ隠し事をしたり、距離を置いていることも、ユウは少しだけ気にかかる。子供扱いされている、というか。もしそうだとすれば子供に抱かれているのだからそれも妙な話になるのだけれど。
ヒソヒソと噂話をしているのは彼らばかりではなく、皆チラチラとシャンティを見て何事か囁き合っていた。これが嫌で、何もかも隠すようにフードを被っていたのかもしれないと思うと、ユウは少々後悔した。森のエルフが作る薬は良い物だという評判は立っていたけれど、それがシャンティだとは思われていなかったのかもしれない……とそこまで考えて、ユウは首を振った。
この質素な街に、毎月あんなド派手な服を着た怪しい奴が通ってたら、そりゃ森のエルフだろ。つまり、彼らが囁いているのはシャンティがエルフだからどうということではない。
つまり、つまりだ。
「……しかし、エルフらしくはないけど……エルフって本当に美人なんだな……」
「なあ、本当に……作り物みたいにきれいなんだなあ……」
男も女も等しく、シャンティの美しさに見惚れているのだ。ユウはなんとも居心地が悪くなって、サンドイッチをかっ込むと、酒場の外に出ることにした。
「ユウ、お待たせしました」
シャンティが外に出て来るのにそう時間はかからなかった。うん、と頷いて彼を見ると、小袋を手に持っている。
「それ、報酬?」
「ええ。とてもよい塩です」
「……塩?」
シャンティの言葉にユウは首を傾げた。そういえば、ユウはマスターから手配料をもらっているが、シャンティがどれぐらい料金をもらっているのかは知らない。
「塩って、どういうこと? お金は?」
「お金は、貴方に全て渡っていますよ」
「……え?」
とんでもないことをサラッと言われて、ユウは眉を寄せた。全て貰っているなど初耳だ。
「ど、どういうこと? シャンティは、なに、無給で薬を作ってたの?」
「いいえ。ですから、私は塩を、残りのお金は貴方に回るようにしてもらっているんですよ。ああ、直接ではなくて、間接的なものもあります。例えば貴方の住む家を斡旋してもらったり……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って……え? なに? 俺……俺知らない間にシャンティに養われてたの?」
困惑して尋ねると、それをシャンティは良くないことだと受け取ったらしい。ごめんなさい、と少し目を伏せたから、慌てて「いや、怒ってはなくて」と告げる。
「なんていうか、俺、まさかそんな、……シャンティ、まさか最初からずっと……?」
「……ええ、はい。そうですね……。貴方が初めて私の所に来た時、マスターに土産を渡したでしょう? あの袋に、手紙をしたためておいたんです。貴方によくしてやってほしいと……」
それで、とんとん拍子に住む家も仕事も見つかって、報酬も得られ、安定した生活が……。ユウは頭を抱えた。確かに、シャンティのおかげだとは思っていた。けれど、その全てがシャンティによるものだなんて、知らなかった。
「嫌、でしたか?」
「嫌……ってわけじゃないけど……なんか……え? シャンティはいいの? 報酬、塩だけで……」
「何を言うんです。貴方が無事に暮らせているのが何よりの報酬ですよ」
私は、貴方の生活が二度と脅かされることのないよう、心から願っているんです。
シャンティの言葉に、ユウはまた眉を寄せることになった。
確かに、シャンティのせいだとユウは言ってしまった。そんなことはないと言ったその晩に襲いかかって、シャンティが自分の面倒をみてくれていたらと呪いのような言葉を吐き出した。
それを気に病んでのことだろうか? なら申し訳ない。そこまでしてくれなくても、とユウは思ったが、あんなことを言ってしまった手前、自分も悪いのだ。そう考えるとなんと言っていいかわからなくなった。
「そうだ、ユウ」
シャンティはユウが考えていることをわかっているのかいないのか、唐突に話を変えた。
「貴方の家に行きたいんです」
「俺の家?」
「ええ、この街でどんな暮らしをしているのか、どんな家で過ごしているのか、見てみたくなって」
また随分と急に思い立ったものだ。いいけど、散らかってるよ、と答えたユウに、シャンティは微笑みを浮かべたまま続ける。
「それで、今夜は泊めさせてもらいたいんです」
「……え?!」
ユウは今日何度目かわからない困惑の声を上げる羽目になった。
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