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第15話 朝日の眩しさと
ユウは窓から差し込む眩しい光に目を覚まして、大きく伸びをした。街はずれにある、このオンボロの住まいをもらってからずっと思っているが、東向きの窓はとにかく朝が眩しすぎる。カーテンは用意してあるが、それでもまったく防げないほどの明るさだ。しかも日が上がれば部屋の中には日が差し込まない。困ったものだ。
ユウはしばらくベッドの中でモゾモゾしてから、仕方なくといった様子で布団を脱いだ。今日は何の仕事も入っていないから、のんびりできる。なのにまた、朝日のせいで早朝に起きてしまった。ベッドから出ないまま、ぼうっと部屋を見る。
石と木の壁に包まれた部屋は、シャンティの部屋よりは随分明るい。ただ、ユウは自分の持ち物を最低限にするクセがついているものだから、あのやたら物で溢れている小屋と比較すると、全く物が無い。テーブルとイスとベッドは、ここに入った頃から有ったし、ユウの持ち物といえば服と靴と、食器に食べ物、それぐらいだ。洗い場などは外の共用の井戸や水路だから、ユウの部屋は本当に食事をして寝るだけの場所だった。
そんな殺風景な部屋で、シャンティのくれる袋ばかりが鮮やかだ。ユウはのろのろとベッドを降りて、今日を始めることにした。
ユウの住んでいるこの街は、シャンティの布に比べると随分と色が少ない。森のそばに位置するから木で作った家も有るし、白い石作りのところもある。草花に囲まれているから、殺風景な街並みとまでは言わないが、橙のベースに茶色や白や赤で模様を描いたりする、鮮やかな色彩には富んでいない。住人達も麻や白い衣服を好んでいるものだから、とにかく、色味が穏やかなのだ。シャンティやユウの生まれ故郷とは全く違う。かといって、それが寂しいかといわれるとそうでもない。ユウにとっては、あの鮮やかな村で過ごした時間のほうが少なかったから。
予定も無いのでユウはぼんやりと、そんな街の中を歩いていた。あては無かったが、散歩していれば仕事の依頼もあるかもしれない。ユウはシャンティの薬を運ぶ仕事で安定した収入を得られるようになっていたが、それは週に二日ほどしかしない仕事だ。残りの時間を寝て過ごすような人間でもなかったので、色々な仕事の手伝いをして過ごしている。だから街の人々との間にはそこそこの関係ができていたし、歩いていれば声がかかったりもするのだ。
だからのんびりと、昼間の街を歩いていた時だ。
「……んん?!」
ユウはふと視界の隅に入った鮮やかな色彩に、思わず立ち止まってそちらに振り返った。見れば、通りの向こうのほうに、暗い橙色のローブを羽織った人影がある。ご丁寧にフードまで被り、おまけに何がしたいのか黒いスカーフまで巻いているから不気味なことこの上ない。そしてこの街であんな格好を見かけるとしたら、十中八九シャンティだ。ユウは眉を寄せて、それから彼のほうに足早に向かった。
「シャンティ!」
声をかけると、彼は実にゆっくりとした動きでユウに顔を向けた。顔の下半分を黒いスカーフで隠している。つまり、見えているのは彼の紫の眠たげな眼ぐらいなもので、どこまでも怪しい姿になっていた。
「シャンティ、なんだよその恰好」
「おや、ユウ。……なにかおかしいですか? あまり目立たないようにしようと思ったのですけれど」
「お前それ目立ってないと思ってるの?」
シャンティが街に出て来ることが有るのは知っていたが、こうして遭遇するのは初めてだ。この街でこんな格好をして歩いているのなど、彼ぐらいなものだろう。浮いているにも程がある。
「目立ちますか?」
「目立つよ! 木を隠すなら森って知ってるか? 見ろよ、俺の格好。白いシャツ、麻のズボン、サンダル!」
「よく似合っていますよ」
「そうじゃなくて! あーもう……もういいよ、後で一緒に服、探そう。とりあえずそのフードとスカーフをやめようよ」
「……そのほうが、ユウはいいと思うんですか?」
シャンティが首を傾げる。ユウが大きく頷くと、彼は少し考えて、のろのろとフードと口元を隠していたスカーフを取った。
普段は森の暗がりでしか会わないから、こうして昼間の太陽の光に当たる彼を見るのは初めてだ。黒曜のような髪だと思っていたが、太陽の光を浴びると彼の髪は僅かに明るくなる。ろくすっぽ手入れなどしていないだろうに、光を受けて輝く髪が何故だか色っぽく見えた。
紫の瞳も今は透き通っている。何より、顔立ちがあまりに良すぎる。麗しい、としか言いようがないほど整った顔がユウを見つめる。それでようやく、シャンティがあの格好で目立たなくしていると思っていた理由を理解した。これは、目の毒だ。
しかし、脱がせた手前、やっぱり被れとも言いにくい。少し後悔しながら、シャンティから目を逸らした。
「えと……シャンティ、行商にでも来たのか? 街に出るなら言ってくれたらよかったのに」
「私も困った事に少し気まぐれなものでしてね。……半年、取引をしなかったことを、マスターにお詫びしたいと思ったのです」
これから行くつもりです。ユウにも後で会おうと思っていたのですよ。
シャンティはのんびりとした様子でそう説明してくれる。しかし、半年取引をしなかったから何だというんだろうか。シャンティはマスターと取引はしているが、契約関係ではない。シャンティが売りたくないと言えばそれまでの関係だ。どうして詫びなど入れるのだろう。
ユウは不思議に思いながら、じゃあ話が終わるまで待ってるよ、と告げて、彼と共に酒場へと向かった。
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