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第20話

 かつて。  精霊達は人間のそばに在った。彼らは人間の体を、営みを、言葉を、感情を興味深く見つめた。中でも精霊達にとって不可解だったのは、人間と獣の相違だ。  人間と獣は随分違う。獣達にも言葉は有るけれど、日々退化していっているようだ。人間の言葉は日々進化している。衣服を縫い、建物を作り、料理をして、文字を記すその姿に、精霊達は日々彼らを興味深く見守った。  その中で、人が獣に戻る瞬間が有る。生まれた時。眠る時。食事を摂る時。そして、生殖をする時。  不思議だった。精霊達には無い機能だ。人間は何故あんな風になってしまうんだろう。精霊達は観察し、そして肉体を作り出す時、巧妙にそれを真似した。  外見ばかり真似をしたから、機能は正しく備わらなかった。それでも、観察した様子は再現できるように作ったのだ。きっと同じように振る舞えるだろうと、彼らは喜んだ。  それが、彼らの始まりだ。 「……っ、ユウ、ユウ……っ」  はぁ、と熱い吐息共に、耳元で名を呼ばれて、ユウは震えた。ぞくぞくとしたものが這い上がってくるような感じがする。怖い、とも少し思ったし、それでも相手がシャンティなら、と受け入れる覚悟もした。  まだ少年と呼ばれていた頃の記憶。ユウは何度か望まぬ性行為の犠牲になった。一方的に叩きつけられる欲望のおぞましさや、恐怖が蘇ってきそうだ。けれど、今の相手はシャンティで。あれほど自分に優しくしてくれる彼が、こんなにも切羽詰まって、獣のように性急に求めている。なら、きっとエルフならではの理由が有るのだろうとユウは考えて、彼を受け入れようとした。 「シャンティ、大丈夫、俺、逃げないから……っ」  逃すまいとでもしているのか、押さえつけ、抱きしめてくるシャンティに、そう伝える。声は震えていたかもしれない。犯されることが怖くないわけではない。シャンティもエルフとはいえ男だから、挿れたくなる時だって有るんだろう。シャンティのためなら、とぐっと恐怖を抑えていると、彼の手つきが少し変わった。  髪を、頬を撫で。愛しげに名を呼んでくる。乱暴に犯すというよりは、愛でるといった風に。瞼や頬に口付けられるのはいつもの抱擁と変わらなくて、ユウは少し安心した。シャンティはこれほどの興奮状態にあっても、ユウを愛することをやめない。  それほどこの身が大事なのだ。ヴィントという名の人間の、遙かな子孫の事が。  ユウはそう考えて、また胸が苦しくなるのを感じた。 「ユウ、私を許して下さい……」  シャンティがうわ言のようにそう呟いて、ユウの体を撫でる。なんとか理性が戻ってきたらしい彼は、荒い呼吸のまま、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。 「今の私は、欲望を、抑えられません……。貴方を求めてしまう。私には、この熱に抗う術が、無いのです……っ」 「シャンティ……」  蕩けた表情で、悲しげに言うシャンティを拒むことなんて、ユウにはできなかった。ユウはシャンティの体を抱き寄せると、その軽い身体を転がして、形勢を逆転させる。逃げようと思えば、容易く逃げられるだろう。それでも、こんな苦しげな彼を置いて立ち去ることなど、考えられなかった。 「シャンティ、俺、付き合うから」  シャンティの唇に己のそれを重ねる。彼はくぐもった声で何か伝えようとしたようだが、それで開いた唇を割って舌を潜り込ませた。一瞬逃げようとし舌をからめ取りながら、シャンティの頬を撫でる。彼は潤んだ瞳で見つめていたが、やがて目を閉ざして、ユウに全てを任せた。 「あぅ、う、ぅ……っ」 「……っ、シャンティ、大丈夫……?」  それでも、正常位での繋がりを拒むシャンティを後ろから貫いて、苦しげな声を上げるのを抱き締める。常に処女であるシャンティは、これほどの昂りと熱に浮かされて尚、受け入れるのに苦労をしていた。  いつもそうなのだ。それをかわいそうにも思うが、シャンティはいつだってその繋がりを求める。苦痛を受け入れた先に有る何かに溺れたがる。ユウはシャンティにそれを与えられているのか、いつもわからない。  生まれたままの姿で重なり合って。シャンティの熱い胎内が馴染むのを待つ間、その身体を撫でてやる。常より敏感な肌はしっとりと汗ばんで、苦痛にか、あるいは熱、またはこれから訪れるだろう快楽の予感に震えていた。  シャンティは、人間を模して作ったのがエルフだと教えてくれた。では、こんな事をするように作ったのだろうか? 食事も排泄も睡眠も必要としない彼らが、何故こうして身体を重ねる時、快楽に喘いで、体液を溢れ出させるのか。ユウにはよくわからない。 「ユ、ウ……ユウ……」  甘えるように、求めるように名を呼ばれる。耐えるように寝台のシーツを握りしめている手に、自分の手を優しく重ねてやった。シャンティ、と名を呼ぶと、彼の体が震える。はぁ、と熱い吐息を漏らして、シャンティが肩越しにユウを見つめた。その深い紫色の瞳が、涙に濡れている。その美しさに、ユウは彼を抱きしめ、静かに腰を揺らした。 「ぁ、あ、ぅ……っ」  シャンティが眉を寄せる。しかし溢れた声音は、どこか濡れて甘い。もう大丈夫だろう、とユウは彼の体を抱いたまま、ゆっくりと腰を引いていく。 「あ、ああ、あ、ユウ、……っ」  ずる、と抜けていく感覚がたまらないのか、シャンティがびくびくと体を僅かに跳ねさせながら、いやいやと首を振る。きゅうきゅうとナカが締め付けて、離すまいとするのにユウは僅かに眉を寄せて耐えると、半ば引き抜いたところから一気に最奥まで突き上げる。 「あっ、あ! あ、ユウ、ユウ……ッ」  悲鳴のような嬌声を上げて、シャンティの手がシーツを握りしめる。奥の彼が悦ぶ場所をぐいぐいと押し上げると、夜を共にする度思い出す快感に火がつくようだ。 「ひっ、あ、ユ、ウ……っ」 「これ、好きだよな、シャンティ」 「あ、あ……っ!」 「こうやってさ、小刻みに揺すられながらさ……」 「あっ、ひ、あ?! ユウ、ユ、ぅ、うあっ、あぁ……っ」  小刻みに奥を刺激してやりながら、シャンティの前に手をやる。可哀想なほど熱を持ったそれは濡れそぼって、今にも達してしまいそうなほどだった。手のひらで包んでやわやわとしごいてやると、シャンティは声も出せない様子で背を反らせ、首を振って何事か訴える。 「うん、いいよ、出しても」 「……っ、ぃ、……っ、あ、ぁ……っ」  囁かれただけで軽く達したのかもしれない。震える背中を抱いて、そのまま腰を揺らし、彼の熱を扱き続ける。ややして泣き出しそうな声で、「だめ」「もう」と繰り返し始めたので、動きを早める。 「ぁ、ア……ッ、ぃ、……っ、ーーッ」 「……っ、ぅ、う……っ」  シャンティの身体が、ビクビクと戦慄く。それをぎゅうと抱きしめながら、絶頂に締め付けを強くする内部の動きにユウはたまらず自分も精を吐き出した。

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