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第21話

 それからどれぐらいの時間、体を重ね合っただろう。求められ、応じて。疲れを感じても終わることはなく、乱れたシャンティの望むままに行為を続けた。その末に気を失っていたようだ。ユウは疲れきって身動きができないまま、仰向けに転がっている。  隣ではシャンティが、赤子のように身を丸めていた。彼も疲労したのか、死んだように身動きをしない。少し心配になったけれど、何かしてやる体力も尽きていて、ユウはまたうとうとと睡魔に身を預けようとしていた。 「おやぁ」  聞いたことのない男の声がしたのはその時で、ユウはビクリと覚醒した。とはいえ、身動きはほとんど取れない。疲れ果てていたのも事実だが、まるで全身が寝台に縛り付けられているかのように動かせないのだ。視線だけで声の主を見る。彼は暗い室内にその姿を浮き上がらせていた。  エルフのように美しい男だ。黒い髪は青みがかっているし、耳は尖っていないから、エルフではないようだが。真っ黒な服を着ているため、僅かに覗く白い肌以外は闇に溶け込むようで不気味この上ない。彼は何が面白いのか、寝台の上に転がるユウとシャンティを見て、目を細めている。 「そろそろ頃合いかと思って戻って来たのに、先に食べられちゃったかあ。もしかして君が、ユウ君? 初めまして、私はサ・ラド・セルエル。気軽にラドと呼んでくれて構わないよ」  ラド、と名乗った男はねっとりと微笑んで、親しげに言う。ユウは困惑した。シャンティの知り合いだろうか。ならシャンティを起こさないと、と考えて、それから不安になる。  ラドは、「先に食べられちゃった」と言っていた。何のことか想像して、一つの推測が立つ。  もしかして、シャンティがこうなったのは、彼のせいではないのか。 「あっ、私を疑ってるね? 私が悪いことをしたと思っている顔だ」  心でも読めるのか、ラドは苦笑して首を振った。それから、近くに有った椅子を引いて、どっかりと腰掛ける。睦み合ったままの姿だったから、ユウはとても恥ずかしい気持ちになったけれど、指一本動かせないままだ。 「もしかして、シャンティは君に何も説明していないのかな。私はエルフの親戚のような存在でね。少しばかり神秘の力を操れるんだけど……まあ、エルフに比べれば限定的というか、棲み分けができているというか……」  ラドはにこにこと笑いながら、一人で話している。闇に白くて美しい顔だけが浮かび上がるようで、恐ろしい。身動きができない今、彼に何をされてもおかしくない。人間ではない、しかも理解できないものがそばにいることが、ユウは恐ろしかった。 「私達はね、精を食べるんだ。ああ、命じゃないよ? 君達、出すだろ? 性器から。アレを食べるのが生き甲斐でね。君達は淫魔とか、夢魔とか呼んでるのかな」  ユウは言い知れぬ嫌な予感に、起き上がろうと努力した。しかしどうにもならない。不思議な力で何もかも抑えられているようだ。もしかしたら、ラドはこうやって人の力を奪い精を食べるんだろうか。しかし、今は無理だ。シャンティと散々交わって、文字通り精魂尽き果てているのだから。 「そう、そうなんだよ」  またラドは心を読んだように、一人で大きく肯く。 「人間はあんまりもちが良くなくてね。その点、エルフはなかなか、活きは悪いが長持ちするし、味が良くてね。下ごしらえをしておいて、しばらくして食べるのがいいのさ。なのに来てみたらこの有り様だ。私がどれぐらい残念かわかるかい? ユウ君。ね、言ってみて」 「……っ、あ、……ぅ」  突然、胸から無理に空気を吐き出させられるような苦しさが襲って、ユウは喘ぐように声を漏らした。言えと言われても困る。ただ、ラドがシャンティにひどいことをしたのだけは理解できた。 「とんでもない! とんだ誤解だ」  ラドはまたわかったように大きく首を振った。 「いいかい、ユウ君。私とシャンティはよい関係に有る。私は彼で食事をする。私は彼に『薬』を与える。お互いに利益のある、共存関係なんだよ。だから、これはシャンティも納得の上のこと。君が何処かに行ってた間も、それは寂しがっていたから相手をしてたんだ。私が無理強いをしたなんて思わないでほしいな。そもそも私はそういうことは嫌いなんでね」  大袈裟な身振り手振りでそう言うラドを、ユウは少しも信じられなかった。第一、本当にそうであれば、ユウをこの不思議な力で抑えつけているのはどういうことなのか。それに、薬、とは。  ラドはにっこりと微笑んで、「コレさ」と瓶を手に取って揺らした。それはいつもシャンティが呑んでいるものだ。それを呑むと、シャンティは半分夢の世界の住人のようになってしまう。  常々、できれば呑むのをやめて欲しいと思っていたが、まさか供給源がこの男とは。 「シャンティはコレが欲しいから、私との関係を切れないんだよ」  かわいそうなエルフ。何百という出会いと別れの末に、押し潰されそうな胸をこうして守るしかないのさ。私はその手伝いをする、その代わり、精をもらう。公正な取引だろう?  ラドはゆっくりと立ち上がって、寝台に歩み寄って来る。ユウは本能的に逃げたかったし、何より彼からシャンティを護りたいと思った。なのに、体が言うことを聞かない。うう、と呻いて力を込めても、少しも動きはしなかった。 「でも、シャンティが寵愛してやまない君のことも味わってみたいな……。もう百年も付き合ってるんだし、少しくらいいいよね?」  ラドの手が、ぬるりとユウに伸びる。嫌だ、とユウは叫びたくなったが、声一つ出せない。その手がユウに触れようというまさにその時、パシン、と乾いた音がした。  シャンティが、ラドの手を叩いたのだ。視線だけで見れば、シャンティが身を起こして、ラドを睨みつけている。その手が守るようにユウを抱きしめた。 「おや、シャンティ。起きていたのか」 「……帰って下さい」 「ええ? いいのかい? それじゃ契約不履行になる。新しい薬は渡せないよ」 「帰って下さい!」 「本当にいいの? だってシャンティ、その子もいずれ君を置いて死ぬんだよ? わかっているよね? その事実と向き合うと、君の胸が張り裂けそうな程痛むんだろ?」  ラドの言葉にユウは目を見開いて、シャンティを見る。彼は見たことのない傷付いた表情をして、それから大きく首を振ると、「帰って!」と聞いた事のない声音で怒鳴った。 「おお、怖い怖い。わかったよ、今日のところは退散することにしよう。でも、欲しくなったらいつでも呼んでおくれよ? 私は君達のことが大好きだからね」  ラドはそう言い捨てると、闇に溶け込むように部屋から消えていった。ややしてユウは体が動くことに気付いて、シャンティを抱き返す。それでシャンティもユウを強く抱きしめて、「ユウ、ユウ……」と愛しげに名を呼んだ。 「シャンティ、アイツ……」 「ユウ、大丈夫。彼に手出しはさせません。貴方は私が守ります」 「じゃなくて、……アイツの言ってたこと、本当なの? なら、何とかしないと。薬無いとシャンティ、辛いんだろ?」  ユウはシャンティの嘆きを、悲しみを一部ではあるが知っているつもりだ。薬に溺れなければ耐えられない悲嘆に、シャンティは胸を痛めている。なら、薬は必要なのだ。 「いいえ、大丈夫です」 「でも、」 「いいんです。……いいんです……」  シャンティは強く強くユウを抱きしめて離さない。彼がどういう気持ちなのか、ユウにはわからない。シャンティが多くを語ってくれないから。彼の心の全てを見せてはくれないから。  ただ、シャンティがユウを大切に思っていることはわかる。しかしそれはユウも同じだ。シャンティを護りたい、その為に薬が必要であれば、精の少しぐらいなら。  そう考えているのがわかるのか、シャンティは首を振って言った。 「ユウ、貴方は何も心配しなくていいんです。ラドとの関係は終わらせます。……だから、お願いです。貴方は貴方を大切にして。お願いですから……」  赤子を慈しむように抱きしめられながら、ユウは何も言えなくなった。  それでも、それでも思うのだ。  こんなにも愛してくれる人を、いずれ自分は置き去りにして死んでしまう。なら、その痛みから彼を護ってやらなくてはいけないのではないか、と。  シャンティの手はどこまでも優しい。そんな彼を苦しめたくない。しかし、どうすればいいか、ユウにもわからない。ただ、今はシャンティの言うことに頷き、彼の心が落ち着くまで撫でられているより他に無かった。

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