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第22話 エルフというモノ

 夢を、見ていた。  シャンティが泣いているのだ。あの森の、大樹の根本で。月光の降り注ぐ暗がりで、静かに泣き濡れている。その嗚咽があんまりにも辛くて、ユウは彼に声をかけなければと思った。  近付こうとして足を進めると、カラリと乾いた音がする。見下ろせば、ユウの足元には人の骨が転がっていた。 「うっわ」  驚いて飛び退いた先にも人骨が転がっている。狼狽て周りを見渡すと、至る所に骨が散らばっていた。シャンティの周りのそれは月光を受けてあまりにも白く、背筋をゾワゾワと寒気が上がってくる。 「シャンティ」  声をかけたものの、聞こえていないのか、シャンティはこちらを見てもくれない。ただ、ひたすらに嘆き、涙を溢している。その手に頭蓋が抱かれていた。それが誰の骨なのか、聞かなくたってわかる。  これは、夢だ。ユウは改めてそう思って、首を振った。こんな恐ろしい光景、有り得ない。シャンティが何人の愛しい人を見送って来たのかも詳しくは知らない。どうして、『彼』を失ったのかも。だからこれは、ユウの想像しているシャンティの悲しみだ。  それにしたって。それにしたって、これは。 「そうさ」  突然そばで声がして、ユウはびくりと振り返った。闇に白い顔だけを浮かべた、ラドが微笑みをたたえている。 「これは君の夢。けれど、彼の嘆きそのものだ。よく再現できていると思うよ」 「そんな、シャンティは、こんな悲しいところで生きてるのか?」 「そうさ。だからコレが無いと、生きていけない。わかるだろう? ……必要なんだよ、あの子には、コレが」  ラドの手元で、小瓶が揺れている。アレが無いと、シャンティはここに来てしまうのか。そんなのは、悲し過ぎる。助け出したい。この世界は、嘆きだけに支配されているものではないと、教えてあげたい。 「それはどうかなあ」  ラドはクックと喉で笑って、シャンティを指さした。 「ほら、よく見てごらんよ。あの子が誰を抱き締めて泣いているか」  その言葉に、ユウは恐る恐るシャンティを見た。  彼は、ユウの骸を抱き締めて、泣いていた。 「ーーっ」  ユウは飛び起きて、すぐに周りを見渡した。そこは薄暗いユウの家の寝室だ。カーテンからは僅かに暁の光が注いでいるが、まだ朝は来ていないようだ。ユウはハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとまた寝台に横になる。  嫌な夢だった。きっと先日、ラドとあんな事が有ったから、こんな夢を見たのだろう。あの事件から数日が経過していたが、ユウはずっと胸の内がモヤモヤとしているのを感じていた。  ユウは大きく溜息を吐いて、呼吸を整えようとした。目を閉じると先ほどの光景が蘇ってくる。シャンティは自分の未来の死を思って、嘆いているのだろうか? なら、彼を助けるなんてとんでもない。自分の存在が、シャンティを苦しめる原因になっているのだから。 「……はぁ……」  シャンティは、ヴィントの子孫である自分を、深く愛している。だからこそ、彼は失うことを恐れて、苦しんでいる。そうなると、一体どうしたらいいのか。今更会うのをやめたって、シャンティは心配しておかしくなるだろうし、かと言ってユウはエルフのように不老不死になることもできない。 「……俺、どうしたらいいのかなあ」  呟きは、一人きりの部屋に虚しく消えた。    +++ 「迷いの森のエルフの所まで、一緒に連れて行ってくれませんか」  その夜のこと。酒場でのんびりと呑んでいたユウに、声を掛ける若い男がいた。  この地方に多い黒髪は少し伸びていて、若葉色の瞳を隠すようだ。暗い雰囲気は酒場に不似合いで、実際慣れていないのだろう、ユウに声をかけてきたのに、他の客が大きな声で笑ったり叫んだりする度にびくりとそちらに視線をやる。  藍色のゆったりとした衣服はこの辺りではあまり見かけないもので、しかも彼が口元を覆い隠すようにストールを巻いているものだから、彼がどういうつもりでその依頼をしてきたのか、よくわからなかった。 「それは……ちょっと、理由によるかな」  ユウが困惑した様子を見せると、男は「すいません、藪から棒に」と一度謝罪をして、それから続けた。 「僕の名前はエルガー・ドゥといいます。エルフに会いたい理由は……薬が欲しいんです。母が病気で」 「ああ、俺はユウ。……薬ならもらってくるよ、少し高いと思うけど……」 「いえ、直接会ってお話がしたいんです」  エルガーの話によると、彼はこのティノの街から少し離れた山の向こうに住んでいるらしい。自分達の村にも薬師がいるが、母親に効く薬は作れないという。ここは少し距離が有るし、仕事も有る為なかなか薬を買いに来れない。そればかりか。 「ここ半年、薬の仕入れが途絶えたらしくて……、母の病状も悪くなるばかりで。こんな事がもし続いたら、母がどうなるか心配です。何か、こちらの村で薬を作れる方法が無いか、直接交渉がしたいんです」  その言葉にユウは若干の責任感を覚えた。半年間薬の流通が無かったのは自分のせいでもある。ユウだって、彼がいない間シャンティが一度も街に出ないなんて思ってもみなかったのだが。彼の母親を苦しめた一因は、自分にもあると思った。 「……そういう事なら。でも、教えてもらえるかわからないよ」 「それならそれでいいんです。とにかく、最善を尽くしたいので……」  ユウとしても、エルガーを邪険にする理由も無かったから、ひとまず彼と共に森に向かうことを約束した。三日後に行く予定だと告げて、それからユウは自分の懐からシャンティの薬を取り出した。 「もし、この中に必要な物が有ったら、おふくろさんに持って帰ってあげなよ」 「え……でも、それは貴方の……」 「いいんだ、これは予備で持ってるだけだから」  ユウはシャンティに頼めばいつでも、いくらでも無料で作ってもらえる。だから本当に構わないと思ったし、現在のところ薬が欲しくて仕方ないということもない。しかしエルガーは、少しでも早く薬を確保したいだろう。 「本当に、いいんですか?」  もちろん、と頷くと、エルガーはおずおずと小瓶の一つを手に取って、「ありがとうございます」と、深々頭を下げた。

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