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第30話
ある日のこと。
ユウがシャンティの小屋を訪れると、なんと大樹の前にシャンティとラドの姿が在った。二人は先日の険悪さはどこへやら、親密そうに話していてユウは気まずい思いをしたが、隠れる間もなく「ああ、ユウ」とシャンティに呼ばれて、彼らの前に姿を現さざるをえなくなった。
「ユウ君、こっちでは久しぶりだね」
ラドもにこやかに笑っていて、気味が悪い。ユウは「どうも……」と会釈をして、それから「その、あっちではありがとう」と言った。
「んんー、素直でいいねー。お兄さん、素直なユウ君は好きだよ。ま、これからも元気で、シャンティをよろしくね? また生きてるうちに会えたらいいけど」
「?」
ユウが首を傾げていると、シャンティが「ラドはこの辺りを去ることにしたのです」と答えた。
「え……いなくなっちゃうの?」
「うん、ユウ君が寂しそうにしてくれてよかった!」
ラドは本当に嬉しそうにそう言うと、シャンティの肩を抱いて笑う。
「シャンティったら、百年も連れ添った仲なのに、涙一つ流してくれないんだよ。つれないでしょ」
「いなくなるといっても、海の都に行くだけでしょう」
「ちょっと、ネタばらしが早いよ、シャンティ」
「貴方の話がまわりくどいのです。ユウ、彼は西の海の都、ウルに向かいます。あそこには歓楽街も有って人も多いですから、ラドが食事をしても問題にはならないでしょう」
本当に、酷い話さ。ラドはユウに苦笑して言った。
「私が人間を襲ったなんて、とんでもない。ユウ君にも夢で説明したけど、私は人間に危害を加えるようにはできていないんだよ。つまりね、彼らは持て余した性欲を私で晴らすという、合意の上での行為に甘んじたのに見栄を張って、襲われたって言ってるんだよ。全く、最近の人間は酷いよ。おかげで私やシャンティの居場所が危うくなってしまった。ま、人間というのはそういうものだから、大陸の東では、私達はもう生きるのが難しくなっているんだけどね」
「え、じゃあ、もしかしなくてもラドって……」
すごくいい奴なんじゃあ……。ユウが言いかけたところで、「我々は自分の利益に貪欲であるだけですよ」とシャンティが微笑んだ。
「私も彼も、人を愛でたい、食事をとりたいという利益を満たしているにすぎません。私は人間に育てられた為に、その辺りが少々複雑にはなっていますけれどね」
「そ、そんなもん……?」
「ええ、そんなもん、です」
シャンティが頷くとラドも笑ってシャンティから離れた。
「じゃ、そういうことなので、お兄さんはしばらく海に行ってくるよ。また寂しくなったら会いに来るかもね、バイバイ~」
「あ……」
ラドはそう言うと、スウっと姿を消してしまった。初めて会った時の状況が状況だったから、ラドにはあまりよくない感情を抱いていたが、本当はシャンティや自分を守ってくれたのだと思うと、少しこれまでの態度を後悔した。もし次に会えたら、詫びなければと思ったが、シャンティに抱き留められて思考は止まる。
「彼のことは気にしないでください。我々は人間に愛を注ぐ者ですから」
「でも……」
「詫びと感謝なら、私が伝えておきました。……誤解を招くような言動をしたのは、私も同じですからね」
ユウはまたシャンティの世話になってしまった事を理解して、歯痒い気持ちになった。いつもこうだ。シャンティを守りたいのに守られてばかりで、それが少し不満といえば不満なのだ。
そんなユウをよそに、シャンティは小屋の傍の大樹を見上げる。ユウもそれに倣った。まるで嘆き悲しみ、慟哭の末に樹に成り果てたかのような姿をした大樹。それが決して比喩ではないと、今のユウは思う。
エルフ達は悲しみに胸が潰れると、こうなってしまうのだ。不死身の肉体を樹に変えて、悲しみの無い世界へ逝く。それが、彼らの死なのかもしれない。
いずれシャンティもこうなってしまうのだろうか。あるいは、自分が死ぬことで。そう考えるとユウはたまらない気持ちになって、シャンティを抱き返した。
「……シャンティ」
「はい」
「本当に、大丈夫なの? 俺、いつか死んじゃうんだぜ」
「ええ、……あるいは心変わりして、彼と同じように人間の女性と恋に落ちたりするかもしれませんね」
「そんなことない!」
ユウがムッとして言ったが、シャンティが微笑んでいるから、本気で言っているわけではないと理解した。
「貴方との別れが待っていることは、承知の上です。……避けられない事ですから、でもそれは人間同士でも同じでしょう? 次の瞬間も愛しい人が隣にいるなんて、誰にもわからないのですから……」
「シャンティ……」
「ユウ、貴方は私の大切な人ですよ。幼くて、純真で、傷付いて、でも優しくて……貴方を心から愛おしく思っています。貴方との時間は、私の長い時間の中で、唯一のものです。……例え貴方と別れる日がきても、その思い出を抱いていられるように、私は今度こそ、貴方と添い遂げましょう。貴方が望む限り……」
その言葉に涙がじわりとこみ上げた。シャンティは自分を愛してくれる。だから、自分もそれを精いっぱい返したい。返しきれなくても。
「シャンティ、俺もっと一緒に過ごしたい。今より長くここに泊まっちゃだめか?」
無理かな。森の深奥を思い出して呟いたが、シャンティは「構いませんよ」と即答した。
「危なくない?」
「貴方がそのペンダントを身に着けていれば、何の問題も有りません」
ただし、寝台はしばらくの間、一つですよ?
シャンティが悪戯っぽく笑ったから、ユウも苦笑して頷いた。
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