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第29話

「違う! 違う、俺は……ッ!」  飛び起きて、ユウは驚いた。そばに目を丸くしたシャンティがいたからだ。 「うわっ、シャ、シャンティ!」 「ユウ、大丈夫ですか? ひどくうなされていたから、起こそうと思ったのですが……」  見ればそこはシャンティの寝室で。  そうだ、いつものようにシャンティの小屋に泊まって。俺はまた、ラドの夢を見ていたんだ。  ユウは胸のペンダントを強く握って、呼吸を整える。あれは夢だ。夢、……夢だ。  そんなユウを、シャンティはいつものように抱きしめてくる。よしよし、といった具合に、頭を撫でてくれる。完全に幼児を扱うそれだ。シャンティがユウに寄せる感情は、そうなのだと今までずっと信じてきた。けれど、であれば何故体を重ねるのか。  ずっと考えないようにしてきたのだ。シャンティには愛する人がいるのだから、と。 「……シャンティ」  おずおずと、シャンティに声をかける。彼は「はい?」と優しく応じながら、ユウを撫でている。愛し子をあやすように。 「……シャンティにとって、俺って、……何? 俺のこと、どう思ってる……?」  答えを聞くのが怖かった。どういう答えが得られたとしても、それなりの覚悟が必要なことだ。その恐れのせいか、体が縮こまる。その体を優しく撫でながら、シャンティは穏やかな声音で、答えた。 「この世で一番愛しい人だと思っていますよ、ユウ」 「……それは、つまり……その……」  怖い。答えを聞くのが。ユウはどうしてこうまで怖いのか、わからないなりに考えた。  これまでユウは孤児として持つべくものを持たない暮らしをしていた。今日の食事と寝床のことだけ考えてきたのだ。こうして定住し、仕事を持ち、そして同じ人物と共に過ごすのは初めてのことで、ましてや。  その人物を愛するなど、初めてのことで。ユウには、自信が持てなかったのだ。  シャンティに幸せになってほしい。それを、自分が実行できるのか。こんな何も持たない自分が、シャンティに愛され、愛する資格が有るのか。 「ユウ」  シャンティは柔らかに微笑んだ。 「いくら全ての人間を愛するようになっているエルフだからといっても……。私は愛してもいない人に、自ら体を許したりはしません。求められれば応じてしまいますが。私が求めるようなことは、決して」  彼はこれまでに幾度もユウを誘った。シャンティのほうから声掛け、手を触れ、指を重ねた。それは、つまり答えだ。 「……じゃあ、……シャンティは、俺のこと……」 「ずっと、貴方を愛しています。……ああ、そういえば伝えていませんでしたね。ごめんなさい。人を愛するのは久しぶりなので、言葉にしないと伝わらないことを忘れていました」 「……ヴィントのことはいいの?」 「ヴィント?」  シャンティは首を傾げて、それから苦笑する。 「彼は私の大切な人です、それは変わりありません。ですが、……彼へ抱く愛情と、貴方へ今注ぐ愛情とは、また別でしょう? ……確かに、私達はそうして出会いました。最初こそ、私は貴方が彼の子孫であることを意識はしていましたが……今は、それだけではありません。貴方が、愛しいんです」 「シャンティ……」 「もしかして、……ユウは彼のことで何か心配していたのですか? だとしたらごめんなさい。彼は私にとって、朝日のように眩しい希望であったし、常闇の淵のように悔いる過去でもあるから……。ですが、改めて言いましょう。今、目の前にいるのは他ならない貴方です。私は貴方自身を、愛しているんですよ」  ユウはたまらなくなって、ぎゅうとシャンティに抱き着いた。  こんな調子では、やはり幸せにしてやるようなことはできないかもしれない。ずっと守られっぱなしなのだ。自分がシャンティに、何かをしてあげられている気がしない。  なのに、シャンティはユウを愛しげに抱き返してくれる。 「だって、俺もシャンティを置いて死んじゃうんだぜ、いつか。じいさんになってからかもしれないし、明日かもしれない」 「そうですね」 「その時シャンティは、また悲しむよ」 「だからといって、今の幸せを手放しても、仕方がないでしょう?」  シャンティが優しく囁く。それは、答えだ。シャンティはとっくにもう知っている。覚悟をしている。  ユウは泣きそうになった。そうだ、ずっと逃げていたのは、嘘に溺れていたのは自分のほうだ。気付かないふりをしていた。考えないようにしていた。  自分がとっくに、シャンティの恋人だということを。 「シャンティ、俺、シャンティを幸せにできるかわからない……」 「ふふ、幸せとはしてもらうものではありませんよ」  今度は後悔したくないのです。貴方もそれを望むなら、私と一緒に幸せに過ごしましょう、ユウ。  ユウはシャンティに抱き着いたまま、強く眉を寄せて、それから彼の胸の中で声もなく泣いた。  幸せになっていいのだ。誰しも。それすら忘れる孤独に身を寄せていたのは、ユウも同じだっただけで。  どちらともなくキスをして、それから後は互いに熱く求め合う。前から抱いてもいい? と尋ねると、少しして、ええ、と静かに頷かれて、二人は初めて互いの顔を見ながら、体を重ね合った。    視線を交わして、口づけを繰り返しながらの情事は新鮮で、ユウは少しだけ恥ずかしかったが、それ以上に嬉しかった。恋人同士になのだという事実が何より嬉しくて、シャンティの身体に、頬に、唇に何度もキスを落としながら、熱を交える。  途中、どうしても気になって尋ねた。どうして、これまで後ろからしかさせてくれなかったのかと。  シャンティは少しして、一つには貴方が求めなかったから、と答えた。もう一つは、そうは言っても、ユウに他の誰かを重ねてしまいそうで怖かったから、と。  ですが、杞憂でしたね。  シャンティがそう微笑んで、ユウの手のひらを握る。ユウはその手にしっかり指を絡めて、シャンティに口付ける。そうして二人は深く、深く愛し合った。

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