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第28話
「ど、……どういう意味だよ……」
ユウが狼狽えていると、ラドは「んー」とシャンティの幹を撫でながら言う。
「彼が今、不幸だってどうして思うのかなあって、私は不思議なんだよね。シャンティがそう言ったの? もしくは、彼が泣いているところでも見た? 自分が不幸だって」
「そ、そんな事はないけど……だって、だって薬を飲んでるし、……それに、ヴィントのことを思ってるし……」
俺の事だって、ヴィントの子孫だから。ユウがそう言うと、ラドは「あー、なるほどねえ」と大袈裟に頷いて言った。
「つまり君は、いろんな情報を足し算して、そういう結論に至ったわけだ。確かに君はヴィント君とやらの子孫らしいね、それでシャンティがヴィント君を大切に思っているのも、まあ事実だろうね~。じゃあまあ、私から引き算をしようか」
ラドはチッチと指を揺らして、微笑む。
「はい、引き算その1。薬草師であり魔法使いでもあるシャンティが、私みたいなただの淫魔に作れる薬を、本当に自力では作れないんでしょうかー?」
「え、……ええ……?」
「引き算その2。私、最近はシャンティに薬をあげてません」
「え?! で、でも、この間……」
「アレはねー。最近はただのお酒なんだよね。ま、ちょいキツめの? でも、エルフってあんまり薬とかお酒とかに弱くないからねぇ、喉が焼ける程度のモンじゃないかなあ?」
つまり。つまりどういう。ユウが困惑していると、ラドは微笑んで、優しく言った。
「つまりね、シャンティは薬を作れないんじゃない、作らない。私の薬は随分前に、ただの酒に変わった。それでも私を求めるのは、互いに利益が有ったから、それだけなわけ。いつでも切ろうと思えば切れる関係だった。まあ、急に切られたのはちょっと寂しいけど、その辺のことは私たちでケリをつけるさぁ。私としても、長年連れ添った相手に迷惑かけたいわけではないしね」
ラドがシャンティと出会った時。彼は悲しみの淵に身を寄せて、いつも泣いていた。大樹にしなだれ、いっそ自分もこうなれたらと願いながら、それでも手放せない何かを抱いて、孤独に胸を濡らしていたのだ。
その頃、確かに彼はラドに溺れた。与えられる薬に酔い、精を搾り取られる快楽に狂乱の夜を過ごした。二人は契約関係を結び、それ以上でも以下でもなかった。
ただそれも、百年も続けば話が変わってくる。ラドはすっかりこの哀れなエルフに愛着が湧いていたし、シャンティのほうもまたしかりだ。少なくとも、ラドのほうはそう感じている。互いの存在を認め、その幸せを願う程度には。
それまでもシャンティに与える薬の濃度は、それと知らせず少しずつ下げていたのだという。ラドには、百年の時を経てシャンティの心の傷が癒えてきているのがわかった。
そもそも、エルフにはその年齢により別名が有り、人の数えかたで100歳までをチャイルド、すなわち子供と呼ぶ。それから200歳までを、アンノウン、知らぬ者と、そして500歳までをノウン、知った者と呼ぶ。それ以降はオールドやエインシェントへと変わっていくが、シャンティはノウンに当たる。
彼は、知ったのだ。この世界に生きる悲しみを、そしてそれを胸の内で癒すことを。
彼らの関係が変化したのは、まさしく2年前。そうして徐々に癒されたシャンティのもとに、一人の青年が迷い込んできた時からだ。
ユウに出会って。シャンティの状態は目に見えてよくなった。最初こそ思い悩む事も有ったようだが、ある時ラドが薬の中身を全て酒に変えても、シャンティはそれに気付いていながら、何も言わずにそれを飲み干した。シャンティも、わかっていたのだ。わかっていて関係を維持したし、ユウがいない半年の間、孤独を癒すかのようにラドを受け入れた。
「なのに酷いよ、ちょっとユウ君に触ろうとしただけなのに、あんなに怒ることないじゃないか。ねぇ? どうしてそこまで怒ったんだと思う? ここまで言ってもわからない? お兄さん、全部言うのはめんどくさいんだけどなあ」
「だって……だって、そんな、そんなわけないよ。シャンティは……シャンティは、ヴィントのことが好きで……」
「だーかーらー。ヴィント君が好きだったら、どうしてユウ君を好きじゃないがイコールになるわけ? 今の話聞いてた?」
「聞いてたけど、でも、シャンティは……」
シャンティは、度々ヴィントの名を呼んでいた。それに、正面から抱かせてはくれない。自分の事は我が子のように可愛がって、大切にしてくれるけれど、それが恋愛感情からくるものだとは思えないし、ましてや。
ましてや、自分がシャンティを幸せにできるなんて。
その時ユウは、理解してしまった。ハッと息を呑んだユウを見て、ラドが微笑む。
「そう、そうなんだよ、ユウ君。君はね、恐らくなんだけど。シャンティを幸せにする責任から逃れる口実に、ヴィント君を盾にしているだけなんだよねぇ」
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