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第27話

「……ユウ」  シャンティを抱きしめてどれほど経ったろう。かける言葉もなくて、ずっとそうしていただけだったが、シャンティに名を呼ばれてユウは顔を上げた。シャンティが肩越しにユウを見つめているから、ゆっくりと腕を解くと、今度はシャンティに抱きしめられた。 「シャンティ」 「ありがとう、ユウ。貴方は本当に優しい子ですね……」 「シャンティ、大丈夫?」 「ええ、もう大丈夫ですよ。私の話を聞いてくれてありがとう」 「ううん、俺もシャンティのこと、知れてよかった」  額に口付けられ、髪を撫でられる。甘い香りと優しい体温にうっとりと目を細めた。まるであの夢のようだ。いやにリアルな、ラドの夢。  ……そうだ、ラドだ。 「……あの、あのさ、シャンティ」 「なんでしょう?」 「最近、夢を見るんだ。ラドが出てくる」 「ラドが、ですか……? ふむ、それはいけませんね……」 「そうなのか? ……あの、ラドをさ、どうにかしなきゃまたシャンティが疑われちゃうんじゃ無いかと思うんだ、また人間を襲ったりしたらさ。あと、薬……薬が無いと、シャンティは……」  ユウは不安になった。シャンティの深い悲しみを癒せるのは、ラドの薬だけだ。しかしラドは取引しないとくれないし、腹が減るから人間を襲っている。なんとかしなければいけないと思った。  けれど、シャンティの答えは意外なものだった。 「彼のことを気にする必要はありません。薬もいりませんよ」 「でもさ」 「夢に出てくるのも、気にしないでください。アレは『淫魔』だから、多少はそういう干渉もできるでしょうが、それ以上のことをできるわけでもありませんし、出てきても無視してやればいいのです」  彼には私から折を見てきちんと話をしますから、貴方は気にしないで。  シャンティはそう言ってユウを撫でる。納得はできなかったが、ユウはそれ以上何も言えなかった。  その晩、シャンティの寝室で眠っている時に、ユウはまた夢を見た。  シャンティが、誰かの墓の前で泣き崩れているのだ。それは悲痛な泣き声を上げながら、地面に伏して、嘆いている。その墓が誰のものかなんて、考えなくてもわかる。ユウは呆然とその姿を見守っていた。  見ればそこは墓場なのだ。沢山の墓が並んでいる。その墓が全て、シャンティの見送ってきた人なのだろうか。そう考えると、胸が苦しい。シャンティは何度、あの痛みを耐えてきたのだろう。 「ああ、あ、……」  異変が起こって、ユウは息を呑んだ。シャンティの体が、歪な形に膨らみ始めたのだ。足は地面に向かって、背中からはぼこぼこと幹が……そう、幹だ。大樹。ユウは咄嗟にシャンティに駆け寄った。シャンティは、樹になろうとしている。 「シャンティ! ダメだ!」  悲しみに胸が潰れると、エルフがどうなるのか。ユウは直接聞いたことは無い。ただ、今ならわかる。あの小屋のそばの大樹は、エルフの成れの果てだ。悲嘆の末に心を閉ざした、エルフの抜け殻だ。シャンティもそれになろうとしている。  シャンティを抱きしめる。とめどなく溢れる涙を拭いもせず、ユウではなく虚空を見つめているシャンティを何度も呼んだが、答えはない。そうしている間にも、シャンティはどんどん樹へと変わっていく。 「シャンティ! ダメだ、嫌だ、嫌だよシャンティ、ダメだ!」  嫌だ、嫌だ、こんなのダメだ。首を振って、叫ぶ。 「シャンティ! 俺じゃ……俺じゃダメなのかよ! 俺じゃ……俺がそばにいるよ! だから、だから……っ、だから、俺をおいていかないでくれよ、シャンティ!」  刹那。 「……っ!」  時が、止まったようにシャンティの体の変化が無くなる。声が届いたのか、と目元を拭っていると。 「それが、君の本音?」  すぐ後ろで声がして、ユウは振り返った。またラドがニヤニヤした顔で見下ろして来ている。 「お前、いい加減にしろよ! 俺にこんな夢ばっかり見せて……っ!」 「嫌だなあ、これは正真正銘、君の夢だってば。少しばかり細工はできるけど、君は確かにこの夢を見たのさ」  ラドは笑って、半ば樹と化したシャンティの体を撫でる。触るな、と言ったが、ラドは「いいじゃない、夢なんだから」と笑うばかりだ。 「それよりさあ、ユウ君。この子さあ、たぶんこんな悲しみを抱えて生きてるんだよ。何とかしてあげたいと思わない?」  その言葉にハッとする。薬だ。シャンティはラドの薬が無いと、夢の中を生きられない。こんな悲しみを耐えていたら、本当に樹になってしまうかもしれなかった。 「ら、ラド……」  ユウは少し考えて、それから口を開いた。 「シャンティの薬をくれよ、その代わり、俺の精を食べていいから……」 「へえ?」 「エルフの精とは違うかもしれないけど……、でも、薬の代金になるだけ、食べてもいいよ、だから……!」  頼むよ。頭を下げて、ユウは懇願した。そうでなければ、シャンティは幸せになれない。夢の中でなければ、薬が無ければーー。 「ユウ君〜? 君、色々勘違いしてるよねえ?」  お兄さん、これまで優しく教えてあげてたのに、全然わかってないね? ラドの言葉に、ユウは困惑して顔を上げる。ラドは、微笑んでいた。 「あのねぇ、ユウ君。私はね、食に貪欲だけど、ポリシーは有るの。まあ強制的にそうさせられてるってところもあるんだけど。私ね、エルフと似た生き物だからさ。基本的に、人間に危害を加えられないの。愛してるんだよ。私は君みたいに、嫌だけど体を差し出すみたいなのは、食べれませ〜ん」  はい、これが勘違いその1。ラドはそう言いながら、木の根となったシャンティの足に腰掛ける。 「あとね。シャンティが幸せになれないって、なんで君が決めてるの? お兄さん、興味有るなあ、そこのところ」

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