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第5話

すると奥からクスクスと笑う声が聞こえた。 僕が不思議に思って見ると、いつの間にか奥の座席に女性が座っている。 「あれ?すみません!いらしてたんですね」 慌ててお水を入れて、メニューを片手に近付く。 「いえ。私こそ、タイミングが悪い時に入ってしまったみたいで…。」 そう言うと、にっこりと微笑んだ。 いかにもキャリアウーマン風の、スーツをビシっと着こなした綺麗な女性だった。 彼女はケーキセットを頼むと、僕のコーヒーを淹れている様子を遠くから観察しているようだった。 綺麗な女性に見つめられるのに慣れていなくて、なんだか緊張してしまう。 「お待たせいたしました」 ケーキセットを置くと、彼女はケーキのお皿を目の高さに持って行き、いろんな角度から眺めている。今日のタルトは、ベークドチーズケーキ風に焼いたタルト生地の上に生クリームを乗せて、苺を乗せた簡単な物。 デコレーションも、そんなに特にこだわってはいなんだけど…。 そう思ってその人を遠巻きに眺めていると、ケーキを一口食べて驚いた顔をしていた。 「?」 なんか変な物でも入れたかな? そう考えながらショーケースのケーキを眺めていると、この時間帯の常連さんがやって来た。 「ハルちゃん。今日のケーキは何?」 「苺ですよ」 「ええ~!苺?」 「嫌なら、食べなくて良いですよ」 「嘘嘘!ケーキセットお願い」 いつも15時を待って来て下さる主婦の大貫さんと話していると、視線を感じて女性の方を見た。目が合うと、にっこりと微笑まれる。 その綺麗な笑顔にドギマギしていると、大貫さんが耳元で 「ねぇ、ハルちゃん。あの綺麗な人誰?ハルちゃんの彼女?」 って聞かれた。 「ち…違いますよ!今日、初めてのお客様です」 小声で返すと、大貫さんは「つまらな~い」って言いながら、スマホを鞄から取り出した。 おそらく、いつものメンバーが集まるのだろう。 僕は4人分のコーヒーとケーキを用意して、大貫さんのテーブルへみなさんが揃った頃にケーキセットを人数分運んだ。 「きゃ~!ハルちゃん、分かってる~」 「そんなに気が利くのに、独り身って寂しいわね~」 「ハルちゃん、綺麗な顔をしてるのにね~。勿体ない」 「あ!もしかして、女性にモテ無くて男性にモテるんじゃない?ハルちゃん、女の子みたいだもんね~」 女が寄ればなんとやら…。 まぁ…ピーチクパーチク言いたい事を言ってくれる。 呆れて苦笑いを浮かべると、やっぱりあの綺麗な女性が僕を見て笑っている。 (何処かで会ったかな?) ぼんやりと考えていると、蓮がお店から入って来た。 「ただいま…」 「蓮!こっちから入るなって言ってるだろう!」 「良いだろう?どうせ、店を手伝うんだから…」 「はぁ…」っと、わざとらしい位に大きな溜息を吐く。 溜息を吐きたいのはこっちだよ。 「あれ?蓮、今日、部活は?」 確か、部活がある筈って思い訊くと 「休みになった」 とだけ答えて奥へ行こうとしたので 「あ、ごめん。知らないから、さっき来た女子高生達に蓮は部活って言っちゃったよ」 そう言って苦笑いをした。 すると蓮は再び深い溜息を吐いて 「分かった」 とだけ呟くと、自宅へと繋がる入口へと消えた。 その様子に僕も溜息を吐いていると 「ねぇねぇ、ハルちゃん。私、この間見ちゃったの…」 大貫さんの仲間の一人、杉本さんが僕に手招きをした。 「見たって…何をですか?」 思わず手招きに釣られて近付くと 「蓮君、女の子とラブホテルから出て来てたわよ~」 と言われ、大貫さんグループが「きゃ~!」って盛り上がる。 「え?」 僕の笑顔が引き攣ると 「そうよね…、父親としてはショックよね~」 「分かるわ~」 って言いながら、杉本さんが頷くと 「私もね、思わず『蓮君?』って声を掛けちゃったもん」 と続けた。 「やだ~!杉本さん、声掛けたの?」 「え~!だって、気になるじゃない?」 「ねぇ、ねぇ、女の子ってどんな感じの子だったの?」 「それがね~、すっごい巨乳の子で~」 「きゃ~!やっぱり若い子って巨乳好き?」 と、4人が盛り上がる。 僕が呆れていると、いつの間にか着替えた蓮が水差しを持って4人のテーブルに行き 「違うって言いましたよね!」 って杉本さんを睨み付けてコップに水を入れている。 「え~!だって~…ラブホから出てきたら、否定されても…ねぇ…」 4人が目配せをし合っている。 「あれは…知り合いが援交しそうになってたのを見掛けて、連れ戻しただけです!」 水を入れたコップを音を立ててテーブルに戻すと、蓮が4人を睨み付けている。 「れ…蓮!お客様に対して、失礼な態度を取らない!」 僕が蓮を怒ると 「じゃあ、ハルは俺が勝手にそういう事をしてるって言われて平気なのかよ!」 そう叫んで来た。 「そうじゃないけど…」 蓮は怒り狂った顔をして僕を睨むと、大きく溜息を吐いて 「結局、ハルは俺の事なんてどうでも良いんだよな…」 って呟いた。 「え?」 「もう良い!今日、店の手伝い休むから!」 蓮はそう言い残すと、奥へと入って行った。 大貫さん達は、バツが悪そうな顔をすると 「ハルちゃん、ごめんなさいね」 って、代金を支払って帰ろうとした。

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