8 / 26

第8話

頬に触れた手が、ゆっくりと頬からなぞるように首筋を辿る。 「ねぇ…ハル。俺のモノにならないなら、殺しても良い?」 うっとりとするような口調で呟き、蓮の手が僕の首を絞めるように触れた。 僕は覚悟を決めて、ゆっくりと目を閉じる。 今の蓮に何を言っても届かない。 それなら…、好きにさせるしかない。 そう思って目を閉じていると、頬に冷たいモノがポツ…ポツ…っと落ちて来る。 驚いて目を開けると、蓮の瞳から涙が流れていた。 「どうして抵抗しないの?俺…ハルを殺そうとしてるんだよ?」 まるで子供のように泣いている蓮に 「お前に殺されるなら…仕方ないかな…って。まぁ、親としてはお前を殺人犯にしたくはないけどな…。」 思ったより冷静な言葉に、自分で自分に苦笑いしてしまう。 すると蓮は僕を抱き締めて 「ハル…好きなんだ…。ずっと、俺の中にはハルだけだった。ハルが居れば良いし、ハル以外は誰も要らない」 そう言って嗚咽を上げて泣いている。 「蓮…」 あまりに悲痛な叫び声に、僕は言葉を失う。 「ごめんなさい、ハル。ごめんなさい…」 蓮はそう言って、身体を震わせて泣いている。 抱き締めて上げたいと思うのに…腕が縛られて動かない。 「なぁ、蓮。腕のこれ、外してくれないか?」 僕が言うと、蓮が涙でぐしょぐしょの顔を上げる。 「こうされてると、お前を抱き締めたくても抱き締められないだろう?」 僕の言葉に、蓮の瞳から涙が滝のように溢れ出す。 「もう、怒ってないから…。僕は逃げないし、もう、蓮の好きなようにすれば良い」 僕の言葉に、蓮が信じられないという顔をする。 「蓮…、僕こそごめん。お前をそんなに傷付けていたなんて知らなかった。彼女とは何もなかったし…。あったとしても…手を握ったくらいかな?でも…彼女と結婚を考えたのは、蓮…お前の為だったんだ」 僕の言葉に、蓮が涙を流したままジっと見つめて居る。 「独身の僕と二人だと、お前に嫌がらせがあるんじゃないかって…。ただでさえ、若い父親でからかわれていただろう?母親が出来れば、違うと思ったんだ」 思い出すように呟き、蓮を見つめる。 「それが…こんなに蓮を傷付けてたなんて…」 制限された動きの中で、僕はそっと蓮の頬へと手を伸ばす。 すると蓮の手が僕の手を拘束していたネクタイを外した。 自由になった手で、そっと蓮の頬を両手で挟む。 「両親の葬儀でも泣かなかったのにな…」 そっと呟くと、蓮が僕の手にそっと自分の手を重ねる。 「ハルが居たから…。俺の世界は、ハルと初めて会った日からハルの為だけにあるんだ」 蓮はそう呟いた。 「馬鹿だな…。蓮の人生は、蓮の為のモノなんだぞ」 そう呟くと 「ハルの居ない人生なんて…いらない。俺は…ハルが良い。ハルさえいれば…それで良い」 強く抱き締められて、僕もそっと蓮を抱き締めた。 「分かったから…、もう泣くな…」 そっと背中を撫でていると、蓮がゆっくりと唇を重ねて来た。 僕はそのキスを黙って受け止める。 軽く触れるキスは、角度を変えて何度も落ちて来る。 そしてゆっくりと頬に触れ、首筋を辿って下へと降りて行った。 僕はその瞬間 「ちょっと待て!」 蓮の口元を手で押さえ、ストップを掛ける。 すると指の間をぬるりと舌で舐められ 「ぎゃ!」 っと悲鳴を上げて手を離すと、蓮が荒い呼吸のまま抱き締めて来る。 「ハル…ハル…」 耳元で囁く声が掠れて、欲情しているのが分かる。 「蓮、これ以上はダメだ」 必死に説得を試みるが、悲しそうな目で僕を見つめて来た。 その姿はまるで、捨てられた子犬のような目をしている。 「ハル…お願い…」 悲しそうな顔に、思わずほだされそうになる。 (嫌、待て!ほだされそうになっている場合ではない!) 自分で自分に突っ込みを入れて 「ダメだ。蓮、もう諦めろ」 そう言った瞬間、耳を垂れ下がらせ、しっぽを落して寂しそうにしている子犬のような顔で蓮が諦めたように僕から離れた。 ホッとして身体を起こすと、蓮はベッドの端に肩を落として座っている。 何だろう?この罪悪感。 拗ねたように僕を見て 「ハル…どうしてもダメ?…ねぇ…ハル、お願い…」 潤んだ瞳で言われ、思わず 「す…少しだけなら…」 と、言ってしまったのが運のつき。 垂れていた筈の耳が立ち上がり、尻尾がブンブン振っているのが見えた…気がする。

ともだちにシェアしよう!