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第2話

「……っ畜生ッ、好き勝手抜かしやがる……! 何なんだよ一体っ!」  馴染みのバーでマスターに管を巻いて深酒、店を出てからもムシャクシャした気持ちは一向に治まらない。道を行くすべての人々にさえ苛立ちが募るようだった。  頃は世間の学生たちが夏休みに入ったばかりの、本来楽しいはずのミッドサマーナイトだ。それなのに、何故自分はこんな惨めな思いと共に独りで不味い酒なんぞを煽らなければならないのか――、すれ違い様に聞こえてくるのは会社帰りの仲間内らしい数人のグループの楽しげな会話、熱々カップルの嬉しそうな声、声、声――誰も彼もが幸せそうに思えて、すべてが嫌になる。『お前ら全員邪魔だ』とばかりに、大袈裟なくらいのデカい態度で歩道をふらつき歩いていた。 ――その時だ。急に目の前に現れた何かにドスンと肩をぶつけて、不機嫌をそのままに冰はそちらを睨み付けた。見れば五~六人の若い男が対抗意識丸出しでガンを飛ばしている。 「おいオッサン! 何処見て歩ってんだよー?」  顎を突き出し、威嚇し、ヤル気満々といった調子で凄んでくる。そんな会遇に冰の苛立ちは頂点に達してしまった。 「ああ!? 誰がオッサンだ、誰がー!? てめえらこそ何処に目ェ付けてやがる! 小僧のくせにいきがりやがって!」  酔いも手伝ってか、自身の中で何かがブチ切れるのを感じて、そう凄み返した。  先程からの怒りを更に煽られたといってもいい。丁度いいうさ晴らしだ、そんなふうにも思えた。  案の定、間髪入れずに小競り合いになって、だが深酒をし過ぎたせいか、或いは多勢に無勢だったわけで、気付けばズルズルと引き摺られるようにしながら袋小路へと連れ込まれて、しかもあろうことか残飯の積み上げられたゴミ箱の羅列の中に突き飛ばされて更にブチ切れた。  ガラガラと音を立てて蓋やらゴミやらが引っくり返る。夏の夜の蒸し暑さも手伝ってか、ムーッとした悪臭が鼻をついて、怒りは更なる沸騰状態だ。 「てめえら、おとなしくしてりゃ調子コキやがって……! 舐めてっと燃やすぞ!」 「はあ!? 何言ってんの、このオッサン!」 「この状況でそーゆーこと言えるってのがすごくね? 調子こいてんのはてめえだろって」 「ぐははははっ! しかも燃やすってさ、マジ、頭どーかしてんじゃね? クソジジィが!」  男たちの高笑いが頭上に響き、脳みそが溶け出しそうなくらい怒りは滾《たぎ》った。  冰はフラフラとした足取りながらも、よっこらっしょと腰を上げると、一番手前にいた男の腕を捻り上げて後方の仲間ごと巻き込むような形で投げ飛ばした。 「何すんだてめえーっ!」  逆上して向かってきた男の腰をど突き、蹴りを食らわせ、再び彼らの仲間ごと将棋倒しにするように突き飛ばしてやる。背後に逃げ道のない袋小路ならではの、こんな喧嘩なら慣れっこだ。 「おらおら、まだヤんのかー? ガキがでけえこと抜かしたって所詮大したことねえなあ? ――ってか、これって俺もまだまだ衰えてねーって証拠?」  大っぴらに自慢することではないが、高校時代にはちょっと名の知れた番格だったから、この程度は朝飯前だ。大人になってからはこういったスリル感ともご無沙汰だったので、逆に懐かしささえ感じられる位だ。  その頃の感覚が鈍っていないことを自負する気持ちと、久々の独特な高揚感に余裕の高笑いを漏らしながら、冰は路地に突っ伏した男らを満足げに見下ろしていた。 「やろう……マジいい気ンなりやがって……っ!」  余裕の態度が逆上を煽ったのか、男らの内の一人が隠し持っていた刃物を取り出すと、勢いよくそれを振りかざして突進してきた。 「おっと……信じらんねー! てめえら、喧嘩の仕方も知らねーってか? 丸腰に刃物ってさ」  鼻先で嘲笑し、身軽に交わす。やはり勘は衰えていないようだ。  だが先程の深酒が災いしてか、急激に動いたので、突如予期せぬ眩暈が襲ってきた。  グラリと足元を取られ、散らばっていたゴミ箱の合間に自ら転げ込んでしまった。その隙をついた男が再び刃物を振り上げたのが分かったが、今度はそう簡単には俊敏に避けられそうにもなかった。朧気に光った切っ先が目前に迫るような気がして、けれども意識は遠退く一方のようだ。  自身では最早切られたのかも刺されたのかも分からないままで、冰は悪臭漂うゴミ溜めのようなその路地に突っ伏し、ひっくり返ってしまった。 ◇    ◇    ◇

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