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第7話
「とにかく冗談よせって……! どういうつもりか知らねえが、第一……てめえノンケだろうが……!」
「――ノンケ?」
「……っ、つかそれ以前に俺、タチだし……! だからてめえとはそーゆーの無理っ……ッ」
もうおどけて誤魔化せる雰囲気ではないことを悟ってか、或いは完全に余裕を失ったわけか、冰はいきなり核心に突っ込むようなことを口走ってしまった。
「それ、専門用語よせって。タチって何だよ、分かるように言えって」
まるで落ち着いたふうに低い声がそう問う。
逃がさないとばかりに外してもらえない視線に見つめられながら、急激に背筋を這い上がってくるゾクりとした感覚に驚いて、冰は更に早口でまくし立てた。
「だから、つまりそのっ……俺、ゲイっつったって誰でもいいってワケじゃなくって……」
「俺が趣味じゃねえってことか?」
「……や、あの……そーじゃなくってよ! つまり……挿 れるの専門っての? だからお前とは無理っ……! てか、何でいきなりこんなことになんだよ……! とにかく……俺りゃー、てめえに突っ込まれるなんてご免だし、かといって突っ込む気もねえってことで……」
自分はこんなにも余裕がない男だっただろうか。今まで付き合ってきた恋人に対しても、はたまた一夜限りの火遊びの相手にも、こんな気持ちにさせられた覚えがない。
そう、いつも余裕綽々で、組み敷く相手が恥じらい戸惑う様を眺めては、気障な台詞の一つや二つ――まるでゲームの勝者のように常に上位に立つのが当たり前だったはずなのだ。それなのに、今はまるで逆だ。アタフタと頬を染めて焦らされているのが自分の方だなんて――複雑な思いに冰はますます挙動不審に陥ってしまいそうになった。
それとは逆に、氷川の方は酷く冷静にこちらを見下ろしてくる。
「なら、挿れなきゃいいんだろ?」
「……って、おい……! 氷川、てめ……ヒトの話聞いてんのかって……っ!」
ソファの上に押し倒されて、今度は有無を言わさずといった調子で唇を奪い取られて、ゾワゾワとした独特の感覚に身震いまでもが湧き起こる。
「ちょ……ッ、よせ氷川ッ……!」
身を捩り、顔を背けてキスから逃れようにもしっかりと両の掌で頬を包み込まれて、その腕の中へと捉えられてしまう。しっとりとした厚みのある唇で押し包まれるようなキスに掴まって、身動きさえままならない。
「……よせって……言……ってん……んっ」
「顔を真っ赤にして言われてもな」
信憑性がないとばかりに、より一層真顔で迫ってくる。
「あ、はぁッ!? 誰が真っ赤……なんて……」
「触ってるだけでも分かる。頬っぺた、ものすげえ熱いぜ」
「……っそ」
「嘘じゃねえさ」
遠慮がちだったキスはここまでか、その言葉と同時に完全に押し倒されて肩から背中までを強く抱き締められながら激しく唇を奪われた。口中を掻き回され、歯列を割って舌を絡め取られ、呼吸さえも取り上げられそうだ。思考は蕩け、このまま流されてしまいたいと思う情欲が顔を出し始めて冰は焦った。
身体中が灼熱を帯びたように熱くなり、唇だけでは到底飽き足らずに、目の前の男にすべてを奪われたくて堪らなくなってくる。
僅かにでも気を緩めれば、強引に組み敷かれて、めちゃくちゃに乱されてみたいなどと、淫猥極まりない妄想までもが脳裏を侵すようなのだ。
野生の獣のような強くて大きいこの男になら抱かれてみるのも悪くないだろうか、形のいいその手の中で握り潰されてしまいたい。彼の凶暴な雄で、昇天させられるくらいに掻き回されてみたい。ほんの見せかけだけの抵抗を封じ込められ、求められたい、犯されたい。
激しく欲情した彼に組み敷かれて悦ぶ自身の姿が脳裏を過《よ》ぎったと同時に、冰はそれらを振り払うように本気の蹴りを彼の脇腹目掛けて繰り出していた。
「……ッざけてんじゃねえぞ、てめえ!」
「――痛 っ、本気で蹴るヤツがあるか」
「て、てめえが急におかしなことすっからだろが! これ以上ナメたことしやがったら……マジでぶちのめすかんな……!」
そう怒鳴り上げ、まくし立てた。が、氷川は左程焦った様子もなく、未だ真顔で視線を外してはくれない。
「――何、焦ってんだ」
「は!? 誰が焦ってなんか……!」
「言ってることとやってることが逆だっつってんだ」
「はあ!?」
「まあいい。じゃあ正直に言う。お前に触れたい――」
「……! 何、急……に……」
「分かんねえよ、俺にも。ただ――お前を見てたら訳もなく興奮して抑えがきかなくなっただけだ。キスしてみたい、脱がしてみたい、お前と――してみたいってな」
また再び、大きな掌が包み込むように頬を撫で――
「ちょ……待ッ……!」
「お前は嫌か?」
「……へ?」
「俺が嫌いかと訊いたんだ。俺とどうこうなるのは……本気で嫌か?」
ここで『はい、その通りです、嫌です』と頷けば、止めてくれるとでもいうのだろうか。見つめてくる瞳が僅かながら切なげに細められているようにも思えて、冰はチクりと心臓の真ん中が痛むような気がしていた。
「べ……つに、嫌とか……嫌じゃねえとか、そーゆーんじゃなくてだな……」
「じゃあ、いいんだな?」
「や、その……」
いいとは言っていない。
だが、確かに『嫌だ』と口にしてしまうのも躊躇われて、そんな心の揺れが伝わったとでもいうのだろうか――クイと顎先を掴まれ、再びおずおずと探るように唇を重ねられて、瞬時に熱を持った頬を悟られんと冰は視線を泳がせた。
触れるだけのキスの合間、顔を左右に交互させながら視界に入りきらないくらいの位置ででも、じっと見つめられているのを感じる。その視線は熱く蕩けてもいるようで、と同時に激しい欲を秘めてもいるようだった。次第に深く押し包まれるように唇全体をなぞられ、舌を押し込まれて奪われるように口付けられる。
「……あ、ふ……」
(くそ――ッ、こ……んなの……)
ああ、ダメだ。抗えない――
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