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第8話
力が抜け落ちたように、肩も首筋も、胸元も腕も何もかもがダラりとだらしなく欲情に侵食されていく。我慢できなくなった嬌声を隠すこともできなくなってゆく。否、隠す気もない――が正解か。
ローブの襟元を剥がれ、露になった肩先にキスを落とされ、そして胸元の突起を指で弾かれれば、もう腹を見せたも同然だった。
そんな様を感じ取ったというわけか、スルリと下方に伸ばされた指先が太腿を撫で、まさぐり、ローブの紐を解き、下腹の辺りをユルユルと弄られる感覚にビクリと腰が浮く。このまま流されてしまってもいいと思う反面、だがやはり踏み切れないのも否めない。頭の片隅に僅かに残っている理性を手繰り寄せるかのように、冰は懸命に瞳を見開いた。
「や……べえって……! は……ぁ、氷……よせっつってん……だ」
これがいわゆるソレ目的で近付いた相手のような、お互いに一夜の遊びと割り切っている仲であればこのまま流されるのも悪くはないが、いくら何でもこの男が相手では状況が違う。
冰は自身を呑み込もうとする欲望の波を押し退けるように、腰元をまさぐっているその腕を探り当てると、ガッと強く掴み上げた。
「マジでよせって、氷川……! てめ、こんなことして後でぜってー後悔すんに決まってる……っ、だから……っ」
ノンケのお前が興味本位でこんなことに足を突っ込んでも後悔するだけだ。だからこれ以上は本当にやめておけというように制止の言葉を口にした。
「後悔なんぞしねえよ。俺が気になってるのは、今お前がどう思ってるかってことだけだ」
「……は?」
「俺とこんなことをするのは勘弁だと思ってるか? 本当に嫌なのかどうかって、それが知りてえだけ」
「や、勘弁っつーか……俺、仮にも失恋したばっか……」
「けど……もう勃ってんぜ?」
いつの間にかローブの合間を割り込んできた指先に熱を持ってしまった雄を撫でられて、ビクリと背筋が疼いた。
「下着――まだ着けてなかったのか?」
「……っ、……バッ、てめ……氷川っ!」
「そんで腹見せて引っくり返ってりゃ何されたって文句言えた義理じゃねえな? 雪吹、お前警戒心無さすぎだ。”ノンケ”の俺相手ならまさかこーゆー雰囲気にはならねえだろうってタカ括ってたってか? てめえでゲイだって告った時点で本来警戒しなきゃマズイだろうが」
「っ、くっ……はっ、氷川っ……よせって……のに!」
「今日は俺だからいいが――。他のヤツの前では絶対に気を許すんじゃねえぞ?」
「は……あ? な、に言って……ッあ……!」
片方の手で硬くなった雄を弄りながら、もう片方の手で不器用そうに自身のベルトを解いてファスナーを下ろす。そんな仕草に戸惑いよりも期待感で大きく心臓が躍り出す。
(ああ、俺、今からこいつに犯 らちまうのか――?)
彼が脱いでいく仕草がとてつもなくいやらしく、それを見ているだけで今から起こることへの期待で身体中が打ち震えていくのが分かる。もはや意思がどうこうではなく、目の前の男と淫らな波に呑まれたいと身体が餓えて渇望しているのをはっきりと感じる。万感入り乱れるといったふうに冰はクッと瞳をしかめた。
(――いくらなんでも節操なくねえか、俺?)
仮にも失恋したばかりの上に、しかも相手は昔の曰くつき――確かに見てくれは文句なしの男前だが、それにしても今まで付き合ってきた相手とは明らかにカテゴリ違いだ。
趣味じゃない――とまでは言わないが、どちらかといえばもっと優男系で可愛いめの従順そうなタイプが好みだったはずだ。
そんなふうにどうでもいいようなことが頭の中でグルグルしていた。
と、突如ヘソの辺りに硬く勃起した独特の感覚を押し当てられて、冰はビクリと腰を浮かせた。ぼうっとしている内に氷川も既に衣服を脱ぎ捨てたということか。
どうだといわんばかりにしつこく雄と雄とを擦り合わされて、それはまるで『俺が今どのくらい興奮しているか教えてやる』といったふうでもあり、何よりも酷く淫らでいやらしい。
「挿れられんのは嫌なんだろ? だったら――」
いきなり体勢をひっくり返されたと思ったら、流麗な仕草で背中から包み込むように抱き締められた。と同時に尻の直下、太腿の間に逸った雄をねじり込まれて、
「……く……はッ」
思わず小さな嬌声が漏れた。
「な……に、してんだ、てめ……」
「冰――、素股で抜く。いいな?」
「……ッ!? へ……あ? 素……って、氷……ッ」
名字ではなく、いきなり名前の方で呼び捨てられて心臓が跳ね上がる。このままではドクンドクンと止め処なく、放っておいたら胸を突き破って心臓から内臓から何から、すべてが飛び出してしまいそうだ。そんなこちらの戸惑いを他所に、氷川はもっと驚くようなことを言ってのけた。
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