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第22話

「柾、ごめん」 「え?」 「会社辞めさせて」 「…一緒に働けないなら、居ても意味ないですからいいんです」 「今回は、僕が助けたかった」 「…はい」 「柾がいるから、全部晒しても平気だった」 「…でも、もうしないでください」 「…うん」 「あんなことして…俺、びっくりしすぎて死ぬかと思いました」 「……ごめん」 「金輪際、あなたの肌は俺以外誰の目にも触れさせませんからねっ」 「……はい、ごめんなさい」 「それで…これから、どうしましょうか」 「……そうだなあ……とりあえず、今は誰もいないところに行きたい」 「家、じゃなくて?」 「じゃなくて」 「ドライブでもしますか。小樽とか、銭函とか…」 「……どこでもいいんだ。他に誰もいなければ」 「…そうですね」 「何もしなくていいから…ぼんやり過ごしたい」 「……そうですね」       「……聞きたいことがある」 「なんですか?」 「これから、歳を重ねて行ったとして…柾は、どうする?」 「どうする…って…?」 「子供も望めない、社会的にも認められない…それでも、柾は…」 「側にいます」 「……どうして、そんなにはっきり言えるんだ?」 「俺はあなたの伴侶ですから」 「………」 「あの時、伴侶って言ってくれて……幸せでした」 「本当に……柾の残りの人生を…僕が、貰ってもいいのか…?」 「はい。代わりに、あなたの残りの人生も俺にください」 「……僕はやっかいだぞ?」 「重々承知しております」 「根暗だし」 「俺がちゃらんぽらんなんで、ちょうどいいですよ」 「トマト嫌いだし」 「俺が二人分食います」 「寝起き悪いし」 「とっくに知ってますよ」 「柾が好きすぎて回りが見えなくなるし」 「それは……お互い様なので大丈夫です」 「この歳で無職だぞ」 「うーん……二人でバイトでもしましょうか」 「……そうだな」 「貯金もありますし、少しなら」 「僕もある」 「お金貯めて、田舎に家でも買いますか~」 「それ……いつになるんだ?」 「10年後くらい?」 「10年……」 「時間はいっぱいありますよ。何だって出来ます」 「うん……そんな気がしてきた」 「あ、そうだ」 「ん?」 「俺、やりたいことあります!」 「やりたいこと?」       〜〜〜〜~~~~~ 柾は走って史の待つ車に戻った。助手席の史に大きなブルーの紙袋を差しだし、にっこり笑った。 「え?」 史は紙袋を受け取り、首を傾げた。柾は先に車を降りた。 「あっちで待ってます」 「え、ちょっと…」 柾は自分も、紙袋を持っていた。急ぎ足で車から離れていく。 史はわけも分からず、紙袋を開けた。 「こっちこっち、滑るから、気をつけて」 柾は雪を漕いで歩いてくる史に、大きく手を振った。 誰もいない山道、札幌の見事な夜景の見えるスポットがあった。 「綺麗でしょう?穴場らしいですよ」 「それより…柾、これ…」 柾が史に渡した袋に入っていたのは、純白のジャケットだった。 気がつけば、柾もお揃いのものを着ている。 「似合いますね!ちょっと寒いけど…我慢してください」 へへ、と照れくさそうに柾は笑った。そして史の手を取り、夜景を見下ろした。 幸い雪も降らず、冷えた空気がきらきら光る夜景をさらに輝かせていた。 「柾……?」 史は柾の横顔を見つめた。 そして思った。 こんなに精悍な顔をしていたのかと。 優しくて、優柔不断で、不器用な、年下の恋人。だったはずなのに。 史の目に映る柾は、決意をにじませた瞳でまっすぐ未来を見据えていた。 大切なのものを守るため、人を殴ってしまった手はまだ赤く腫れていて、でもしっかりと史の手を握っている。 柾が振り向く。 真剣な、少し緊張した面もちで、史と向かい合った。 そして、背中に隠し持っていた小さな花束を史の胸の前に差し出した。 「……先に言われちゃったので、仕切り直しさせてください」 「え……っ」 柾は雪の上で、片膝をついた。 「役所に出せる紙もないし、指輪もありません……とっさに思いついたのは白い服だったんですけど…どうしても、今伝えたくて」 夜風が冷たい。 でも、それすらも心地良く感じた。 輝く夜景をバックに、柾ははっきりと言った。 「俺が死ぬまで、側にいてもらえませんか」 「ま…さき…」 史は両手で口を覆った。そうしないと、叫び出しそうだった。 柾の笑顔が、眩しくて。 目に映るものが全て滲んで見えるのはどうしてだろう。 柾は史を見上げて言った。 「史、愛してる」 史は跪く柾の身体を抱きしめた。 ずっと昔に諦めたものが、今、この手の中にある。 見ることも、触れることもできないそれを、長い間探していた。 何度も呪ったこの身体を、受け止めてくれる腕がある。 生きていける。 やっと、本当の自分で。 長かった冬が、やっと終わる。 降り積もった雪を溶かす太陽が、ここにいる。 「僕を置いて先に死んだら許さない」 史は、震える声で答えた。          完

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