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第三話
「このまま僕を抱いておくれ」
お兄さんは俺の手に頬ずりしてそう言った。だけどここは登山者がいる山であり、建物も無い。もし誰かに見つかったらどうするのかと、その綺麗な白無垢が土や泥で汚れてしまうと伝えた。
「そんな心配は要らない。結界を張ったからもう虫一匹入れやしないし、これも汚れないよ。それとも、幾ら見かけを女のようにしても男の体は抱けないかい? しかも僕は君と同じ人間じゃないんだ」
お兄さんは少し淋しそうな顔をした。お兄さんの言葉を否定する代わりに、紅を引いた唇にキスをする。お兄さんの唇は生温かくて柔らかい。唇を食み、舌でぺろりと舐めればお兄さんの肩がビクッと跳ねた。
「本当に良いの?」
平らな地面に優しく押し倒して聞くと、お兄さんは強く頷いて俺に手を伸ばした。
「ん、ッ……くぅ……あ、ああッ……は、あ……あ」
お兄さんは真っ赤になりながら俺を受け入れてくれた。お兄さんの身体は陶器のように白く滑らかで、女性のような膨らみや想像した柔らかさも無い。代わりに空を突くように固くそそり勃った性器がある。人間じゃないと言っていたけれど、肌が珠のように美しい事を除けば人間の男と何も変わらない。お兄さんの腹の奥を突きながら、白い肌に幾つもの痕を付けた。
「ひゃ、あ……あ」
水音と共にお兄さんの声が耳に甘く響く。飛びそうな理性をなんとか抑えて、できる限り優しく優しく攻めた。
「駄目、もう……気をやってしまいそうだ」
そう言って俺の首に腕を回してしがみついた。上半身を支えるようにお兄さんを抱きしめて、少しだけ律動を早めると、お兄さんはすぐに達してしまった。絞られるようにヒクヒクと中を締め付けられ俺は慌てて引き抜いてお兄さんの腹の上に吐精した。
「中に出してしまっても良かったのに」
「それは後処理が大変でしょ?」
「浄化できるから構わないよ。……浄化したくはないけれどね」
お兄さんは仰向けのまま愛おしそうに俺の精液塗れの自分の腹を撫でた。
暫く時間を忘れて睦み合って、気付いたら日が傾いていた。もうすぐ暗くなってしまいそうだ。
「どうしよう。完全に日が沈む前に下山しないと」
「まだたっぷり時間はあるよ」
「でも、ここから山を降りる事を考えたら今から急いでも間に合わないんじゃないかな」
ここが山のどの辺だかは分からないけれど、山の中腹辺りの湖から更に登った気がするからニ、三十分では下山できないような気がする。
「取り敢えず、山から出れば良いんだろう?」
お兄さんは服をしっかり着直した。あれだけ地面に擦り付けた筈なのに、純白は純白のまま、全く汚れていない。けれども化粧は殆ど落ちてしまっていた。素顔は昔の記憶そのままの若いお兄さんだ。髪の長さが変わった以外、年の流れを全く感じなかった。
「僕も連れて行ってくれるよね?」
「勿論。一緒に帰ろう」
お兄さんの手を取ると、お兄さんはにこ、と笑って俺を抱え上げた。
「えっ?」
「暴れると危ないから掴まっていてね」
訳がわからないまま俺がお兄さんにしがみつくと、大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
「待って、嘘、待って?」
「大丈夫だから、そのまま掴まって」
羽の音はお兄さんの後ろから聞こえた。恐る恐るその背中を見ると、お兄さんの背中に焦げ茶っぽい大きな羽が生えている。そして羽が動くと、その体はふわりと浮き上がった。
「うっそ……」
空を飛んでいるのだ。みるみる木々は足元から遠ざかり、遥か下の方に湖が見えたと思ったら、それもあっと言う間に見えなくなった。そしてものの五分程度で山の麓に着いてしまったのである。
「お兄さんって……何?」
お兄さんは俺を降ろして躊躇いがちに口を開いた。
「天狗……鴉天狗の末裔だよ。僕の見た目は人間みたいだけど、僕は人間じゃない」
からすてんぐ……俺はお兄さんの言葉を反芻した。いつの間にかお兄さんの背中から羽が消えている。不思議だと思った。けれど、俺にとってお兄さんはお兄さんだ。人でも人じゃなくても変わらない。格好良くて可愛いお兄さんだ。
「行こう。俺の家に帰ろう」
「うん」
俺達は手を繋いで駅に向かった。
〜終〜
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