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ジークはあの日、意識が回復した…と言っても、本当の病状はあまり芳しくなかった。
意識が戻った時にほんの数回会話ができただけで、その後すぐにまた深い眠りに入ってしまっていたのだ。
それでも脈や呼吸などのバイタルサインは落ち着いて意志の疎通もしっかりしていたので、命の危機は脱したと医師にも判断され、国王たちはほんの少しだけを安堵することができた。
…シノは簡潔に伝えられただけなので、その事実を知る由もなかった。
ジークが再度意識を覚醒させたのは、それから3日が経ってからだった。
「シノ様に会わせてください」
(…きっと自分がこんなことになって心を痛めてるに違いない)
ジークは2度目に目覚めてすぐにそう訴えたが、国王はすぐさま首を横に振った。
「…ならん。お前は何故こうなったのかわかっているのか」
まるでシノのせいだと言わんばかりの国王の言葉や冷たい視線に、ジークはぐっと息を詰める。
(…オレはただ、シノ様がみんなに”神子様”だって、認めてもらいたかっただけなのに…)
国王たちは今、シノが最初に現れた時以上に不信感を露わにしている。
…完全に逆効果になってしまった。
「…シノ様は何も悪くありません。私の力が足りなかっただけで…」
それでもしっかりと意志のこもった目で訴えてみたが
「まだそんなことを言っておるのか」
とため息混じりに吐き出される。
「…そばに行くのは危険すぎる。お前は魔力を奪われ、命の危険にさらされたのだぞ。
あの者の部屋への出入りや接触は、あの日より食事を運ぶなどの必要最低限のこと以外の禁じている。もちろんお前に対してもだ、ジーク」
「…そんな!」
ジークは慌てて起き上がろうとするも、まだ魔力が低下しすぎているせいでひどい目眩を起こし、すぐに布団へ舞い戻った。
「……ですが、シノ様の傷は私の魔力で確かに治ったではないですか。あんなことは通常の人間には起こりえません!シノ様が神子様だと証明されたはずです!」
横になりながらも尚も必死に訴えるジークを、右大臣はフンっと鼻で笑った。
「…何の恩恵も与えてくれずに、人の命を脅かす者が神子様だと言うのですか?ありえません」
元々シノに対して疑念を抱いていた右大臣は、その気持ちを確固たるものへと変えてしまったようだ。
ジークはひどく衝撃を受けた。
右大臣の言葉もだが…それ以上に、右大臣のそんな発言を左大臣どころか国王さえも律しなかった事に。
2人とも言葉にしないだけで、心の中では同じように思っているのということなのか。
ジークにはもう、何も言うことができなかった。
(…とにかく魔力を回復しないと…)
ベッドの上から動けないままでは何も始まらない。
もし国王を説得してシノに会えるようになったとしても、この体では会う事もままならない。
…会ったところで逆に不安にさせてしまうかもしれない。
そんな思いから、ジークは魔力回復に必死になった。
しかし魔力低下症の治療法は確立されておらず、対症療法しかない。
だからジークは藁にもすがる思いで、魔力回復に効くと噂されている食べ物やサプリメントを必死に摂った。あとはとにかく魔力を無駄に放出しないように気を張り、体力も衰えない程度にトレーニングをしながらもしっかりと温存した。
それでも普通に立ち上がれるようになるまで目覚めてから2日を要し、それから更に3日置いてようやく公務に復帰を果たした。
…その間ジークは、一度もシノに会う事は叶わなかった。
「お願いします。どうかシノ様に会わせてください」
「ならん」
公務の合間に国王に面会するが、ジークの要求は即刻却下される。
目覚めてから断られるのは一体これで何度目か。
しかしもう魔力はほぼ全快し、公務に復帰も果たしたのだ。
今日こそは絶対に会うんだ、という気持ちで、ジークは引き下がらなかった。
「…ですが、シノ様に付いているネネには何も起こっていないのでしょう?でしたら…」
「ネネにはあの者に極力触れないように伝えてあるのだ。事情は詳しく話せていないが…」
国王はネネの身を案じたのか、それともネネに対して後ろめたいからなのか。ジークから視線を外して少しだけ目を伏せた。
「…でしたら、私も決してシノ様に触れないと誓います。ですのでどうか、少しだけでも…」
「ならん。まだどういった経緯で魔力低下症が発現してしまったのかわからないのだ。触れなければ起こらないとは断言できない。お前をまた危険にさらすわけにはいかない」
ジーク同様、国王も簡単には引き下がらなかった。
お互い視線をを離さぬまま見つめ合っていると、コンコン…と扉をノックする音が響いた。
「入れ」
国王が入室を促すと、入ってきたのは左大臣だった。
「失礼致します…ジーク様もいらっしゃったのですか」
ジークがその言葉に会釈で返すと、左大臣は一瞬口を開いてからまた閉じた。
もしかしたら自分がいるせいで左大臣が話し辛いのかとジークは考えたが、ここで引いたらまた今日も会えなくなってしまうと思い一歩も動こうとしなかった。
「…どうした」
「あ…いえ。シノ様の事で少しお耳に入れておきたいことがございまして…」
チラッと左大臣がジークを見るが、ジークは出ていく様子がないどころか体をしっかり大臣の方へと向けて聞き入る体勢にしてきたため、大臣は観念したように話し始めた。
「……シノ様が、このところお食事をほとんど摂られていないようなのです」
「え…?どのくらいですか?」
国王よりも先に反応したのは、ジークだった。
左大臣が国王の様子をチラリと窺うと黙って頷かれたため、そのままジークの質問へ答えることにした。
「…あの出来事以来、お食事に全く手をつけない日が多く…食べたとしても数口程度で、みるみる痩せていっていると、そばに使えておりますネネより報告が上がっております」
「そんな…っ」
あの出来事以来。
やっぱり自分のせいで心を痛めていたのだと、ジークは確信し、もう一度国王に詰め寄った。
「…父上、どうか以前のように食事だけでもシノ様と一緒に摂らせて頂けませんか!」
「…ならんと言っておるだろう」
また直ぐに断られたが、先ほどよりも一瞬だけ躊躇いがあったのをジークは見逃さなかった。
「…ですがこのまま、シノ様が食事を摂らずにやつれていってもいいのですか。何かあってもいいのですか?
シノ様は神子様かもしれない方です。そんな方にもしものことがあってもいいのですか?
シノ様はきっと、私が元気な姿を見れば安心されるはずです。一緒に食事を摂ればシノ様の食事の様子もわかります。ですのでどうか、食事だけでも…!」
「………」
「父上っ!」
ジークの必死の説得に、国王は諦めたようにようやく首を縦に振った。
「…わかった。ただし、食事を摂る時だけだ。…絶対に接触してはならんぞ」
「はい!ありがとうございます!」
ようやく国王からの許しを得たジークは、仕事を猛スピードで終わらせ、夕食の時刻の30分も前から「夕食のために来た」と言い張ってシノの部屋へ訪れた。
「シノ様、失礼致します」
入室をすると、ベッドの上で座ったままのシノがゆっくりと顔をこちらへ向けた。
傷が治り綺麗だったはずの頬が、今は影を落としたようにげっそりとしている。
「ジークさん…」
そして出会った頃のように少し虚ろな瞳は、不安気にゆらゆらと揺れていた。
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