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「良かった…元気になって、本当に良かった…」 目を潤ませながら、シノがぎゅっと布団を握りしめる。 今にも泣き出してしまいそうなシノをジークは思わず抱き締めそうになったが、自分がシノに触れたせいでまたシノの立場が危うくなってしまったらと考え、何とかその場に踏み留まった。 「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。この通り、何ともありません。元気ですから」 ジークのその言葉にシノは安堵することなく、余計に目をにじませて深々と頭を下げた。 「すいませんでした…オレを治して下さったせいで…本当にすいません…っ」 国王たちのように、シノもあの出来事を自分のせいだと思ってしまっているのか。 ジークはいたたまれなくなって、ギリギリのところまでシノに近づき、触れない程度に頭を寄せた。 「どうか頭をあげてください。あれはシノ様のせいではないんです。私の力が足りなかっただけで… シノ様を不安にさせてしまってすいませんでした」 「いえっ…オレが…悪いんです…オレが何もできなくて…っ」 「…シノ様は、何も悪くないですから」 何度諭すようにそう言っても、シノはジークの言葉を受け入れてはくれなかった。 結局早く着いた分の30分間は、お互いに謝り倒して終わってしまった。 その日の夕食はジークの考えで、シノが好きだと言ったことのある食事を一通りと、消化に良さそうなものを出してもらった。 一緒に食べ始めたものの、シノはやはり数口でスプーンを置いてしまい、ぼんやりと窓の外を眺め始めた。 「…食事、お口に合いませんでしたか?」 声をかけると、シノは窓からジークへと視線を移してくれた。 「いえ…美味しいです。こんな美味しいものは、オレにはもったいないくらいで…」 そう言って、一瞬食事に視線を移すように目を俯かせると、またぼんやりと窓の外に目を向けてしまった。 その後も全く箸を動かすことがなかったので、どうにか頼み込んで色んな野菜をミキサーにかけたスープだけを飲み干してもらうことだけ成功した。 そのことにジークは少しだけほっとしたが それでも量が少な過ぎることに変わりはない。 こんな生活を続けていればどんどんやつれていってもしまうだろう。 その後も何度もシノとの食事を続けたが、シノの食事は細いままだった。 (オレが倒れたせいだからかと思ったけど…そうじゃないのかな…) ジークがいくら元気をアピールしても、明るい話題を振っても、シノの様子が変わることはなかった。 かといって食べたいものがあるかと聞いてもないというし、体調が悪いのかと聞いてもそうじゃないと答える。 それなのにシノの食は細いままで、なぜか気がつくと泣きそうな顔で窓の外ばかりを見ている。 最初はジークから顔を反らしているのかとも思ったが、多分外を見つめているのは間違いない。 なぜそんな辛そうな顔で窓の外を見ているのだろうか。 今日も食事を早々に止めて窓を見ているシノに、ジークはとうとう声をかけた。 「シノ様はどうして、窓の外をそんなに見られているのですか?」 「……」 その問いには、ゆっくりと視線を向けられただけで、返事はなかった。 「外に出たいのですか?」 「……いえ」 今度はゆるゆると首を振られる。 (…じゃあなんで…) なんでそんなに辛そうな顔をして… その時ジークは突然ハッと、ある1つの要因を思い至った。 それを思いついたら、それ以外に理由はないんじゃないのかと思えるような、重要な要因があったではないか。 (…でも、そうであって欲しくない) そう思いながらも、ジークは拳をぎゅっと握りしめ、意を決してシノに問いかけた。 「…元いた世界に帰りたいですか?」 「……っ」 今度の問いには、しっかりとジークに顔を向けられて目を見開かれる。 (…やっぱり、そうなのか…) ジークたちは神子様を異世界から召喚することを当たり前だと思っていたけれど、神子様にとってはそれはきっと当たり前ではないことで。突然のことで驚いたろうし、受け入れられない部分も多々あるだろう。 食事だってきっと元の世界と違うだろうから食が細くなることもあるだろうし、国が恋しくて外を眺めることも当たり前だろう。 …ましてや自分の意思に反して勝手に異世界に喚ばれたのだからなおさら。 (だから毎日、あんな辛そうな顔で窓の外を眺めていたのか…) 自分にとっては待ち望んだ神子様だった。 でもシノ様にとって、異世界に来ることはきっと望んだことではなかったハズだ。 (だったら、オレにできることは…) もう一度、ぎゅっと掌を握りしめる。 「…シノ様が元の世界に帰れる方法、調べてみます。 隣国のシン様もそうですが、元の世界に戻られた例は何例か報告されているんです。 どういった方法で帰れるのかまではわかりませんが…シン様にお伺いすればわかるかもしれません」 …本当は、そんなものを調べたくなんかなかった。 シノにここにいて欲しかった。 だけど無理してまでここにいて貰いたいわけではないし、帰りたいのならば帰してあげたい。 …それでシノが元気になあるならば。 ジークが泣きそうな思いで絞り出した言葉に、シノは瞳に溢れそうなほどの涙の膜を張った。 「…あなたも、いらないんですか?」 「……え?」 ぽつりとつぶやかれた言葉とその意味を理解するのに時間がかかっていると、シノはホロリと雫をこぼしながら唇を噛み締めて、そして 笑った。 「…あなたもいらないんなら…オレも、オレなんかいりません」 シノがそう言葉を発したと同時に、シノの体が全身淡い光を放ち始める。 よく見るとシノが座っているその下にはいつか見た魔法陣が光り輝き回転をし始めていた。 「…シノ様っ!!」 突然のことにジークが咄嗟にシノに手を伸ばすが、シノを掴んだ、と思った瞬間… シノの姿は光が弾けるようにして、その場から消えてしまった。 「…シノ様…シノ様 !!」 探るようにシノの座っていたシーツの上に手を這わす。 (なんで…なんで…っ) 温もりが残ったままのシーツ。 シノは確かにここにいたのに。 なのに一瞬にして、消えてしまった。 「なんで…なんでっ、シノ様…」 帰る方法を探すと言ったが、こんな突然の別れなど望んでいなかった。 それに、最後のあの言葉はまるで… (まるで、オレがシノ様を追い返したいと思われたみたいじゃないか…) 「…シノ様…っ」 初めて見たシノの笑顔は、ジークの望んだものには程遠く、あまりにも悲しかった。

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