あっという間に時は経ち、高校3年生となった。高校最後の1年間もこれまでと同じように単調な日常を送るはずだったが、僕の日常は、彼と初めて同じクラスになることで大きく変わってしまった。蓋をしたはずの恋心は、今にもはじけそうなぐらいに大きくなってしまったのだ。張り出されたクラス替えの紙から自分の名前を見つけると、そこには、1人の名前があった。僕は、気にしないようにして教室に向かった。教室に入ると、 「愁（しゅう）君、今年は同じクラスだね。よろしく。」 屈託のない笑顔で柳木凛（やなぎ　りん）ちゃんが話しかけてくる。 「僕の方こそよろしくね。」 凜ちゃんは、同じブラスバンド部でフルートを担当している。男女関係なく友達が多く、誰とでもすぐに打ち解けられる明るい女性だった。性格は、気が少し強めだけど、根はとても優しい人だ。その社交的な性格は、到底真似できなかったので、少し憧れていた。 僕は、自分の席を見つけてそこに座った。 「今年も一緒だね。」 照れるように話しかけてきたのは、元宮優（もとみや　ゆう）ちゃんだった。 「これで3年間一緒だね。今年もよろしくね。」 「こちらこそ。」 彼女がいて本当によかった。僕は、友達が少なく、優ちゃんとは、数少ない友達の中でも、特に仲良しで、高校に入って初めてできた友達でもあった。高校1年生の時、たまたま席が隣同士になり、ぎこちなく話しかけたのを覚えている。それから少しずつ仲良くなり、高校生活にはいつも隣にいてくれた。部活は、美術部に入っていて、内面世界をよく描いていた。一度、見せてもらったことがあって、とても綺麗で繊細な絵だった。ウチなんか上手じゃないよ、と伏し目がちに言っていたのを今でも覚えている。 「よぉ、山口！」 突然後ろから、ニヤニヤ笑いながら武藤勇（むとう　いさむ）君が話しかけてくる。正直、困ったなと思った。武藤君とは、友達というほどの関係ではなく、一方的にいつも絡んでくる。知り合ったきっかけは、高校野球の応援だった。高校2年生の時、ブラスバンド部として武藤君が所属する野球部の公式試合で応援演奏をした。試合は、接戦でホームランを打たないと負ける場面に差し掛かっていた。その時、武藤君がマウンドに立った。応援演奏に力が入ってしまい、変な音を出してしまった。気づくとホームランを打ち、逆転ホームランで終わっていた。その試合から数日経ち、廊下で武藤君とすれ違った。そこで、あの時の変な音のおかげで、逆にリラックスできたと言われ、感謝された。それから、会うたびに絡んでくるようになった。 「初めて同じクラスになったな。よろしくな！」 「よろしく、、、」 僕は、小さな声で言った。武藤君は、ずっとニヤニヤして僕を見ていた。 はぁ、、武藤君かぁ、、苦手だなぁ、、、 「山口君ですね、よろしくお願いします。」 武藤君の横に来て、僕に丁寧に話しかける男性がいた。彼は重岡玄（しげおか　げん）君だった。重岡君と武藤君は、仲がいいみたいだった。廊下で武藤君に絡まれる時には、必ず隣には重岡君がいた。重岡君の印象は、武藤君と違い、常に穏やかで丁寧な印象を受けた。 「よろしくお願いします。」 そう重岡君にも言うと、2人は、自分の席に戻って行った。 教室に次から次へと人が入ってくる。そこには、今まで見かけたこともない人もたくさんいた。クラスの大部分が教室に入り終わった頃、彼が入ってきた。 藤澤恭（ふじさわ　きょう）。その人だった。 クラス替えの紙は、嘘ではなかった。彼の歩く姿を自然と目で追っていた。その姿は、やっぱりかっこよかった。藤澤君は、驚いたことに僕の隣に座った。嬉しさとともに緊張感を覚え、この思いを誰にも悟られないようにしないといけないと思った。 「オイラと一緒だね。」 藤澤君に親しげに話しかける男性がいたが、知らない人だった。その人は、無邪気で明るい人だった。 「だな。」 藤澤君は、落ち着いた物言いで返事をしていた。話を聞いていると、同じサッカー部のようだった。藤澤君は、その男性とは、対照的に終始冷静だったせいで、抱いていたイメージが変わった。サッカーをやっている印象からもっと明るい人だろうなと勝手に感じていた。隣で話している2人の会話を聞きながら藤澤君のことを何一つ知らないんだと思った。 こうして、僕の高校最後の1年間が始まった。