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4-7 ビバークという決断

雨が少しだけ弱くなってきた。 僕たちは、尾根を目指し登り始める。今まで通った道とは明らかに違い、斜面がかなりきつい。 「愁、大丈夫か?」 後ろから武藤君が心配してくれる。 「うん、、大丈夫、、」 僕のペースが落ちる。それを気にして、少しだけ休憩をとってくれた。 座れそうな大きな石を見つけ、そこに座ると、横に藤澤君が座った。 左足の痛みが前よりも強く感じる。 痛いなぁ、、、 もう少しだけ、もってほしい、、、 これ以上、みんなに迷惑はかけたくない、、、 そんなことを思いながら、左足をさすった。 ふと、藤澤君が僕の顔をじっと見つめていることに気づいた。 「何か隠してないか?左足、見せろ。」 気づかれてしまった。僕は、大人しく赤く腫れ上がった左足を見せた。 「なんで、隠してたんだ、いや、もういい、、 武藤、俺らは、ビバークする。この足じゃ、これ以上登れない。」 藤澤君が冷静に言った。 僕の左足を見た武藤君が同意した。 「待ってよ。僕、まだ歩けるって!!」 僕は、立ち上がる。 「その足じゃ、もう無理だ。」 藤澤君が静止する。武藤君は、僕の前にしゃがんで、左足を見せるように言い、慣れた手つきでテーピングをしてくれた。 「ごめんな、気づいてやれなくて。」 そっと呟いた。 「藤澤、愁を頼む。」 武藤君が、藤澤君に真剣な目で頼んだ。 僕は、ただ申し訳なくて謝ることしかできなかった。 「まだ日没まで時間がある。俺らは、なんとか、電波が入るところまで行って先生と連絡をとる。だから、絶対に耐えろよ!」 僕と藤澤君を残して、武藤君たちが、出発しようとする。 「オイラも残る!!」 東条君が、強く宣言した。 「ダメだ!持ってきたツェルトは二人用だ!」 「嫌だ!」 「リーダーの言うことを聞け。」 「何がリーダーだよ!!こんな状態にしておいて!」 いつも笑顔の東条君が怒りを向きだしにしている。 「てめぇ!」 武藤君が胸ぐらをつかむ。 「殴れよ!」 「瞬、落ち着けって、俺なら大丈夫だから」 藤澤君が東条君をなだめる。 「嫌だよ、離れたくないよ、、、」 涙を流す東条君。 「大丈夫だから。」 藤澤君は東条君を抱きしめると、しばらくして落ち着きを取り戻した。 東条君が、僕を見つめた。 「愁くん、恭くんを死なせたら絶対に許さないから。」 その目が、とても怖くて、僕は、黙ってうつむくことしかできなかった。 「瞬、そういう言い方はないだろ。」 藤澤君が僕をかばってくれる。 「オイラは、、、」 黙って下を向く。何か言った気がしたけど、雨の音で聞こえなかった。 「愁君、絶対に助けを呼ぶから。待ってろよ!!」 凛君が僕に抱きつき、凛君の目にも、涙があった。 僕らを残して武藤君たちは、出発した。 「みんな、気をつけてね!!!」 不安を隠して、できる限りの笑顔で送り出した。 送り出した後、僕は、藤澤君に謝った。 「ごめんね、巻き込んで、、」 「気にすんな。」 「けど、僕のせいで、、、」 「もう言うなって」 抑えていた涙が溢れ出す。藤澤君は、僕を優しく抱きしめてくれる。 冷たい雨が降り続けるのに、その胸は、どこまでも暖かくて不安な気持ちがなくなりそうだった。 「さてと、準備するか。この場所じゃ、ツェルトを張るには適さないな。もう少し、雨風がしのげる場所の方がいい。移動するから、少しだけ歩けるか?」 「うん。」 少しだけ移動して、雨風をしのげる場所を探し、幸運にも、すぐ近くに良さそうな場所があった。 「ここにしよう。」 藤澤君は、小枝と落ち葉を集めてきて、その上にツェルトを張ると言った。僕も手伝えるところは手伝い、無事にツェルトを張ることができた。 「寒くなるから、ザックの中にある着れるものは着とけ。」 「うん。」 ザックから防寒着を出す。その時、銀色のシートが目に入った。あっ、そういえば、夏兄にザックを点検してもらった時に、これもついでに入れとけと言われたことを思い出した。 「これ、、エマなんとかあるよ」 銀色のシートを藤澤君に見せた。 「エマージェンシーシートか。よく持ってたな!」 「夏兄が、ついでに入れとけって。」 「夏兄?」 「僕のお兄ちゃんだよ。」 「いいお兄さんだな。」 喜んでくれた。 「これって、被るんだっけ?」 「こうやるんだよ。」 身体に巻き付けて見せてくれる。 「へぇー」 「けっこう暖かいんだぜ。」 明るく笑った。 こんな状況なのに、久しぶりに見た藤澤君の笑顔に見とれてしまった。 ―――――――――― (視点:武藤君) 一方、俺たちは、さらに尾根を目指していた。凛、瞬、俺の順で登り続ける。 「瞬、さっきは、悪かったな。」 「ごめん、オイラこそ取り乱して、、、」 俺は気づいてしまった。瞬が、藤澤のことを好きだということを。一緒にいさせてやった方がよかったのか、いや、今は、それよりも救助連絡をする方が先だから、余計なことは考えないようにした。このメンバーは、比較的体力があるメンバーだから、なんとしても、日没までに電波の届くところに行って、連絡をしないと。 「お前ら、無理はするなよ。」 「うん。」 「おう」 凛と瞬は返事をする。 自分の携帯電話を注意深く見ながら、さらに上を目指す。 「少し休憩するか。」 上はまだ遠く、電波も届かない。凛が疲れているように見えた。 「凛。大丈夫か?」 「平気だ。こんなの。」 「無理してないか?」 「はは、、お前こそ、、」 長い付き合いだから凜のことは、よくわかっている。 「強がるな。」 俺は、凜の顔をじっと見つめた。 「うるせぇ、知った口聞くなよ。」 凛の手を握ると、泣き出した。 「くそ、、、なんで、、こんなことに、、」 震える凛の身体を抱きしめた。 「大丈夫。絶対、俺がなんとかする。」 しばらくすると凛が泣きやんだ。俺たちはさらに登り続ける。 やっと開けた場所に着いた。周りを見渡すことができ、地図とコンパスを見ると、俺らがいるところがだいたい判明した。携帯には、かすかに一本電波が立っていた。 「電波だ!」 凛と瞬が喜んだ。俺は、すぐに電話をかけると、坂木先生がすぐに出た。 「先生。武藤です。遭難です。」 遭難したことを冷静に伝える。今いるだいたいの緯度、経度を伝え、愁が怪我をして藤澤とリバークすることを決断したこと、愁らがいるだいたいの位置を報告した。先生は、すぐに救助を要請するから安全な場所にいなさいと指示した。それを言い終えると、音声に雑音が入り、電話が切れた。電波表示は、圏外に戻っていた。 「どうだった?」 瞬が心配そうに聞く。 「救助要請してくれるって。」 「助かったぁ。」 「よかった。」 瞬と凛は、一安心していた。また雨が強くなる。 「とりあえず、ヘリが来るだろうから、安全な場所へ行こう。」 二人を俺とともにヘリが見つけやすい場所へ連れていく。安全な場所を見つけ、しばらくそこで待機することにした。 ヘリコプターの音が聞こえた。 「きた!」 凛と瞬が勢いよく言う。俺は、自分が持っていたジャケットを思いっきり振ると、それにヘリコプターが気づき、こちらに旋回する。俺らは、安全な姿勢を維持し、ヘリコプターを待つ。 「よく頑張ったね。」 救助隊の人が声をかけてくれる。 「まだ、、まだいるんです!」 瞬が叫ぶ。 「わかってるよ。まずは、君たちの救助が先だからね。」 俺らは、ヘリコプターに乗せられ、麓に着いた。先生たちと会い、無事を喜ばれる。だが、俺は、全く喜べなかった。麓に着いた頃には、どしゃ降りになり、ここからでも霧が立ち込めているのが見えた。 しばらくして、先生が聞きたくないことを言った。 「今日の捜索は、悪天候のため中止となりました。明朝からの捜索となります。」 沈痛な面持ちだった。 「くそ!!!!」 「なんで、なんで、恭くんがそこにいるのに、、」 瞬は山を指さす。 「うそだろ!愁君、、、」 凛と瞬は泣いていた。 「今は、耐えるしかないです。あの子たちの力を信じましょう。」 先生の握った拳はかすかに震えているようだった。 凛が力なく俺の肩に寄りかかってきた。 「大丈夫だ。あの二人なら。」 俺は、強がって凛の肩をさすった。 愁、どうか無事でいてくれ。 もし、神がいるなら、あいつらを守ってやってくれ。 俺は、無慈悲にも降り続ける雨を静かに見つめ祈った。 ―――――――――――― しばらくすると、雨が強くなってきた。 辺りは、薄暗くなり、暗闇が僕らに迫ろうとする。まだ、かすかに灯りが残っている内に、非常食を少し食べる。その非常食は、僕の体力を少しだけ回復してくれた。気づくと、辺りは一気に暗くなっていた。暗闇が僕らを襲い、不安が僕の胸の中で大きくなる。不安に飲み込まれそうになっていた時に、一つの光が灯った。 「さすがに灯りがないと暗いな。」 藤澤君がヘッドライトをつけた。僕は、その灯りを見つめた。 「電池切れになるかもしれないから、あんまり長くは使えないな。」 「そうだね、、」 しばらくして、灯りは消えた。また暗闇が僕らを襲う。なぜだか、とても寒く感じた。 「体力温存のために、もう寝よう。」 「うん、、」 僕らは、横になった。このツェルトは、僕たちが横になるぐらいのスペースはあった。突然、藤澤君が後ろから抱きしめ、エマージェンシーシートで僕らを包んでくれる。シートの保温性の高さと藤澤君の温もりのおかげで、僕の寒さは一気に和らいだ。 「寒くないか?」 「、、、うん、大丈夫、、、」 耳をすませば、藤澤君の心臓の音が聞こえてきた。 ドク、ドク、ドク、ドク、、、、 その音が僕の心臓の音と重なり、お互いの気持ちを共有できるような気がする。雨が、さらに強くなり、それに伴い、ツェルトがバサバサいっている。まるで、その音で僕らを怖がらせようとしているかのように、、音が鳴るにつれて、僕の身体は震えた。 「大丈夫か?」 耳元で囁かれ、今まで以上に密着してくれる。 僕の身体は熱く火照ってしまった。 「ん、、大丈夫、、」 雨が無慈悲にも強く打ち続ける。 大好きな人を巻き込んでしまったことが急に情けなくなった。 「ごめん、、、」 僕は、また泣いてしまった。 「気にすんなって言っただろ」 「けど、、」 「もう終わったことだ」 震えながら泣いている僕を、後ろから強く抱きしめ手を握ってくれた。 初めて握られた手。その手から優しさが伝わる。 その優しさに、どこまでも甘えたくなってしまう。 いつの間にか、眠ってしまっていた。 目を覚ました時には、すでに雨は、やんでいて、藤澤君はずっと僕の手を握ってくれたままだった。 「起きたのか?」 「うん、僕、寝ちゃってた、、」 「ああ、ぐっすり寝てたな。」 少し笑っている。 「もう朝?」 「まだ、夜中。」 「朝かと思っちゃった。時間、なかなか経たないね。僕、起きてるから藤澤君、眠っていいよ。」 「俺もさっき少し眠ったから大丈夫だ。」 「そっか、、、」 ずっと手を握られていたので、落ち着いて眠ることができ、不安は少しだけ消えていた。外からは、虫の鳴き声が聞こえてきて、改めて山の中で眠っていることに気づかされる。けれど、ずっと後ろから抱きしめてくれる人がいる。山の中がいつしか、夢の中にいるんじゃないのかと錯覚するぐらいだ。 「虫の鳴き声が聞こえるね。」 「まぁ、山の中だし、当然だろ。」 「ホーホー。」 虫の鳴き声を真似してみた。 「何やってんだよ。」 また笑ってくれた。 「なんとなく、真似したくなっちゃった、、」 「面白いな。」 少しの沈黙が続く。藤澤君といろんな話がしたくなった。 「藤澤君は、将来の夢ってあるの?」 「どうした?急に、」 「いやぁ、、最近、進路の事で悩んでて、、」 「そうだなぁ、夢は、あるな、、」 「聞いてもいい?」 「笑うなよ。」 「笑わない。」 「サッカー選手。」 ぽつりと囁いた。その吐息が僕の耳に触れる。 「すごい!!藤澤君、サッカー上手だもんね。絶対になれるよ!」 「だといいんだけどな、、」 声に力がないように思えた。その時、どんな顔をしているのか、僕にはわからなかった。 「山口は、、どうなんだよ。」 「僕は、、、夢って夢がなくて、、どうしようかなって、、、とりあえずは、大学を目指して勉強してる、、」 「そっか、進みたい学部とかあるのか?」 「うーん、、文系だから、文系のどこかの学部にはなると思うんだけど、、」 「夢、見つかるといいな。」 「うん、ありがとう。」 また沈黙が続き、その沈黙が、僕には、心地のよいものだった。 藤澤君の心臓の音、呼吸の音、全てが僕一人のためにあるかのように感じられる。同じ空気を吸い、同じところで眠る。こんな危機的な状況なのに、どこかで喜びを感じてしまった。一人だったら、とっくの昔にパニックになっていただろう。一緒に残ってくれた藤澤君に心から感謝した。 「明日のために、また眠った方がいい。」 「うん。わかった。一緒に残ってくれて、ありがとう。」 握られている手を強く握り返し、僕の胸にあてた。 その手を強く握り返してくれる。 そして、抱かれながらまた眠りについた。

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