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9-6 迷いと決断

僕は、学校へ向かった。 通学路だった道は、何も変わらず、あの時のままだ。 懐かしさと、もう戻らない日々に切なさを感じながら歩き続けると、学校へ着いた。 偶然にも、今日は、文化祭の日だった。 「文化祭か、、、」 僕は、学校前で立ち止まり、高校最後の文化祭を思い出していた。 あの歌を捧げた人は、もういない、、 どうしようもない悲しさが押し寄せる。 ここに来ても何も戻ってはこない、、 もう、帰ろう、、 帰ろうとした時、突然、後ろから話しかけられた。 「愁君!?」 振り向くと、そこにいたのは、優ちゃんだった。 この前リンクで、優ちゃんが今年から母校に美術の先生として赴任したことを聞いていた。 「優ちゃん?久しぶり、、」 「久しぶり!どうしたの?」 「なんか、学校を見たくなって、来てみたんだ、、今日、文化祭だっだんだね、、」 「せっかくだから、見て行く?」 「いいよ、、もう帰るから、、、」 「いいから!ほら!ほら!」 僕は、優ちゃんに押される形で、いろいろと見て回った。 学校は、あの時と何も変わっていない。 けど、もう僕が大好きな人は、いない。 「まだ時間ある?よかったら、美術準備室で話さない?」 「うん、、」 少しの間、美術準備室で話すことになった。 「こうして、大人になって、学校で話すようになるとは思わなかったねー」 優ちゃんは、昔と変わらない笑顔を僕に向ける。 「そう、、だね、、、」 僕は少しだけ微笑んだ。 「愁君、最近どうなの?」 優ちゃんが心配そうな顔をしている。 「何も、、変わらないかな、、、」 僕は、伏し目がちに呟いた。 「まだ、、忘れられないんだね、、」 「そう、、だね、、、」 「そうだ!いいモノもってきてあげる!」 そう言うと、優ちゃんは立ち上がり、布がかけてある大きそうな絵を持ってきた。 「これ、なーんでしょう!」 「なんだろう、、、」 「これだよ!」 掛けられていた布を取り払うと、『願いの木』の絵があった。 「『願いの、、木』、、」 「まだあったんだよ!ほら、高校生の時、愁君、ずっとこの絵を見てて、綺麗だねって言ってたから、見たら驚くかなってーー」 「ごめん!!!!!」 「えっ!?愁君?」 僕は、自分でも訳がわからず、走り出していた。 何かに導かれるように、ただひたすらに走った。 走りながら、今までの記憶が走馬灯のようによみがえる。 高校時代、凜ちゃんや響君と部活動を頑張ったこと。 優ちゃんにぎこちなく話しかけたこと。 藤澤君を好きになったこと。 応援の時に変な音を出して以来、武藤君が絡んできたこと。 武藤君の隣で、重岡君がいつも武藤君を叱り、僕に謝っていたこと。 高三になって、藤澤君と少し近づけたこと。 みんなで海へ行ったこと。 登山で遭難したこと。 体育祭で騎馬戦をしたこと。 文化祭で歌を歌ったこと。 八人で動物園へ行ったこと。 ハート模様のポニーが可愛いかったこと。 藤澤君が、チーターを好きなことを知ったこと。 藤澤君が怪我をしたこと。 その怪我の時、東条君が藤澤君を支えていて、僕は何もできなかったこと。 クリスマスを八人で過ごしたこと。 藤澤君にミサンガを上げたこと。 そのお礼として、お守りをもらったこと。 受験を頑張ったこと。 大学生になって、混声合唱団に入ったこと。 大学でいろんなことに挑戦したこと。 カフェでアルバイトを始めたこと。 また八人で海へ行ったこと。 藤澤君を事故で失ったこと。 響君が支え続けてくれたこと。 響君に告白されたこと。 あの家族に産まれてよかったと思ったこと。 いろんな感情が溢れ、無我夢中で走り続ける。 気づくと、僕は、あの公園にいた。 「ハァ、、ハァ、、、」 公園に入り、導かれるように、あのベンチに向かって歩き出す。 なぜだか歩けば歩くほど、記憶を失っていく感覚がした。 このまま、歩き続けると、何もかも忘れてしまう気がする。 大切な人も、大切な思い出も、今まで築いてきた大切な関係も、、、 引き返すなら今しかない。 ここを逃せば、もう戻れなくなる気がする。 そう思うと、僕の足が止まった。 木々が僕をじっと見つめている気がする。歌声が聞こえてきた。 そして、どこからか声が聞こえる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、) その声に応えるように、僕は、一歩前へ進んだ。 武藤君、重岡君、東条君の笑顔が浮かび、武藤君、重岡君、東条君の笑顔が消えた。 武藤君、、、、重岡君、、、、、東条君、、、、 目から涙が出てくる。 また声が聞こえる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) 僕は、また一歩前へ進んだ。 凜ちゃんの笑顔が浮かび、凜ちゃんの笑顔が消えた。 凜ちゃん、、、、 涙がこぼれ落ちる。 そして、また声が聞こえる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) 歩こう、、 僕は、また一歩前へ進んだ。 優ちゃんの笑顔が浮かび、優ちゃんの笑顔が消えた。 優ちゃん、、、 涙が溢れ、とまらなくなる。 そして、また、声が聞こえる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) 行こう、、、、 僕は、また一歩前へ進んだ。 響君の笑顔が浮かび、響君の笑顔が消えた。 響君、、、 足が止まる、、確実に何かを失っている、、、 また声がする。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) 誰かが、僕を待っている気がするんだ、、、 進もう、、、 僕は、また一歩前へ進んだ。 家族の笑顔が浮かび、家族の笑顔が消えた。 お父さん、、お母さん、、皐姉、、、夏姉、、、 僕は、その場で涙を流し立ち止まる。 また声が聞こえる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) 僕を呼んでいる、、誰かが僕を呼んでいるんだ、、 ここで、止まっちゃダメなんだ、、、、、 行かないと、、 僕は、また一歩前へ進んだ。 藤澤君の笑顔が浮かび、藤澤君の笑顔が消えた。 藤澤君、、、、 やっとベンチに着き、泣き崩れるように座った。 木々がざわめき始め、葉っぱが僕に優しく降り注ぐ。 まるで、僕を包み込むように。 そして、僕は、意識を手放した。 気づくと、一面お花畑だった。 そして、涙で濡れた顔で見上げると、一本の木があった。 それは、『願いの木』だった。 その木を見た瞬間、僕は、全てを思い出した。 『願いの木』の近くまで行き、ひざまずき手を合わせ静かに願う。 「恭君と結婚して、ずっとそばにいたい。」 気づくと、お花畑がいつしか、葉っぱで作られた階段に変わっていた。僕は、自分の意思とは関係なく、歩き始める。 一歩、そして、また一歩。 葉っぱの階段を一段一段踏むにつれて、今までの記憶を失い、そこに代わりの記憶が入り込む。 あぁ、始まった、、また記憶が塗り替わるんだろう、、 けれど、それは覚悟していた。 だから、ここにきたんだ。 ここは?願ったとき?僕は、公園の木の前で寝ている。 「あれ、、、夢見てたみたい、、」 家に帰ると、お父さん、お母さん、夏姉、そして、珍しく皐姉もいた。家族で楽しく談笑している。 パリン。。。ガラスの割れる音がする。僕の中で何かが消える。 これも?願ったとき?僕は、願いの木に願っている。そして、病室で目が覚める。咲父さん、夏兄、皐兄、清父さんに見守られている。 お父さん、お母さん、皐姉、夏姉。 今までありがとう。 記憶が塗り替わる。 ここは?学校?僕は、優ちゃんと凜ちゃんといつものように談笑している。 パリン。。。またガラスの割れる音がする。僕の中でまた何かが消える。 ここも?学校?僕は、優君、凜君といつものように談笑している。 優ちゃん、凜ちゃん。 今までありがとう。 どんどん記憶が塗り替わっていく。 海旅行、登山、体育祭、文化祭、クリスマス、受験、、、 みんな揃って学校前で記念撮影をしている。 「藤澤がプロで活躍したら、みんなでサッカー見に行こうぜ!」 武藤君が僕らに言う。 僕らは、行こうと盛り上がっている。 「じゃ、またな!」 藤澤君が去って行く。 パリン。。。またガラスの割れる音がする。僕の中でまた何かが消える。 恭君に結婚をしようと言われ、最高の愛を感じている。 あぁ、恭君、、 大学生活の記憶が映し出される。 パリン。。。またガラスの割れる音がする。僕の中でまた何かが消える。 僕は、病室で、酸素マスクをして、眠っている。 大学生以降の記憶は、全て病室で眠っている自分に塗り替わる。 僕は、ずっと眠っているんだ、、 そして、声が、聞こえてくる。 (頼むから、、、、起きてくれよ、、、) この声は、恭君だとわかった。 恭君は、あれからずっと僕を待っててくれたんだ。 みんな、ありがとう、、 僕、行くね、、 僕を待ってくれている大好きな恭君の元へ。 そして、温かい光に包まれた。

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