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第6話

 瀬戸の言葉がたまに要領を得ないのは何でなんだろう。  瀬戸は言葉がうまいから、あんまり利口じゃない俺はいつも、いつも、瀬戸の言葉にくるくる踊らされて、右を向いたり、左を向いたり。だけどそれは単に瀬戸の気分であるだけで、別に瀬戸が俺に対して嘘をつくなんてことは、今までも、これからも、絶対無いんだろうな、なんてことをよく思った。瀬戸は誠実な人間だ。軽薄な気持ちを持つなんてことは有り得ない、友好的な人間だった。  だから今こうして、俺の腕を掴んだまま、ソファの上で俺を下敷きにしている瀬戸にもきっと、何らかの誠実な理由があるに違いない。  そうでも思わないと、パニックで喚き散らして今にも瀬戸のことを、跳ね除けてしまいそうだった。 「せ、と」 「あんね、光希。俺、光希に黙ってたことあんの」  瀬戸が、俺の言葉尻を切って、俺に話しかけてくる。丁寧で、優しい声だった。俺の頭をぽんぽん、ゆっくり撫でて、きゅうっと目を細める瀬戸の顔はびっくりするくらい綺麗だ。 「ね、光希。俺の事、嫌いにならんでほしい」  ――ごめん。  瀬戸は一度だけ、そう謝ると、ぐいっと先程より余計に体重を俺に掛けて、ずっしりとしたあの体躯を俺の身体に委ねてくる。お腹の下辺りが息苦しくて、喉の奥を絞るような声で、重い、と訴えようとしたところで、覚えの無い違和感に、ぐるりと目を回した。 「、……? な、ん……?」 「うん。俺の。謝ったからゆるしてね。もっかい謝っとく。ごめん」  瀬戸が馬鹿みたいに蕩けた顔をして、長い睫毛を伏せて、俺の鎖骨に額を押し付けてくる。太腿の上に同じように押し付けられてくる、ごりごりした硬い質感も離れない。余計密着してきて、凸凹したような、どこまでもリアルな感覚だけが服越しから皮膚を刺してくる。  それを理解した途端、さあっと血の気が引いて、はくりと喉の奥が声にならない音を微弱に上げた。 「ぁ、あ、待っ、待って、ね、瀬戸、待って、」 「うん。俺はずっと、ずうっと待っとるよ。ずっと待っとった。光希の準備ができるまでずうっと。これからもそうや。俺はずっと待てるよ。光希のこと。でも、ごめんね。性欲は嘘つかんから。けど何もせんよ。手も光希の頭の上に置いとく。ただ光希のことで俺の身体がこうなる事は理解しとって」  瀬戸の吐く息が、頬骨の辺りにかかる。  湿っていて、馬鹿みたいに、やっぱり熱い。 「お、れのこと、」 「うん、ずっと好き。入学してお前とつるみだした時からずっと。知らんやったやろ」 「うん……」 「それだけ光希が俺のこと、見てなかったってことよね」  瀬戸の言葉に、思わず息を飲む。瀬戸の眸を見詰め返せば、瀬戸は、どうしようもない物を見るような目付きで、それでも、苦しい中で幸せに触れてるみたいな、胸の奥がひりつく表情を見せてきた。 「知ってるよ。お前、弟のことばっかりだかんね」 「そ、そんなこと、無い」 「あるんだよ。あるの。お前にそんなつもり無くってもね。言ったっしょ。光希はお兄ちゃんなんだかんね」  お兄ちゃんは弟のこと、心配するもんだよ。  瀬戸はくしゃっと眉を寄せて、俺に笑いかけてきた。 「俺ずっと八樹に負けてんのな。ま、良いんだ別に。光希の隣が俺ならそんだけで」  瀬戸の言葉が、胸の中心を刺してくる。手足の先がぴりぴり痺れるみたいに、痛い。 「ね、待って。瀬戸、おれ、」 「好きだよ、光希。お前のこと、好き。どうせだから、どうせついでに、も一個だけゆるして。――光希。」  瀬戸はそう言って、俺の方に顔をぐいっと近付けてきた。俺の頭を抱いたまま、瀬戸は、なんの躊躇いも無く、俺の唇に、瀬戸自身の唇を落としてくる。ぺろり、と先端を舐められて、ちょっと気恥しそうに瀬戸は笑った。 「ごめん、ごめんね、光希。」  お前が俺のこと、いつか好きになってくれる呪いをかけちゃった。  瀬戸の言葉に、俺の胸の中心が、ふわふわ、馬鹿になったみたいに軽く跳ねた。

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