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第27話

 棘がびっしりと生えた蔓──橘は、さしずめそれだ。  それは佑也をがんじがらめにする。その蔓は淫欲という甘い毒を養分に生長して、はびこる。  快感に流されて、橘の意のままにふるまうのが嫌だ。自分が自分でなくなっていく感覚を味わうのが、嫌だ。  橘が狼藉を働き、それに抗いきれなかったという図式が成り立たないと、困る。 「そう、すげなくしてくれるな。きみを善くしてあげたいだけで他意はない」  橘が白い歯をこぼした。滅多に感情を表に出すことのない男が屈託のない笑顔をみせるのは、珍しいことだった。  目尻に優しい皺が刻まれると、独裁者然としたものから人なつっこいものへと印象が激変する。無性に、どぎまぎした。と同時に、騙されるものか、と佑也は唇を真一文字に結んだ。   橘は、やせても枯れても名優。演じる役柄によって数多(あまた)の仮面をかぶり分け、ファンを魅了しつづけてきた男の言うことだ。  現に事、佑也を玩弄することに関しては、橘は飴と鞭を巧みに使い分ける。 「強姦魔のくせに寝言をほざくな。おれが泣こうが、てめえのが血みどろになろうが、要は突っこみたいんだろ」  せせら笑いを交えて、まくしたてた。ぐんにゃりとなりがちな四肢を励ましてベッドの上にいちど起き直ると、あらためてマットレスに両の手をついた。  頭を低くすると、挑発的に腰を振ってみせた。  とたんに黒々とした双眸が、剣呑にきらめいた。墓穴を掘った、逆鱗に触れればどんなむごい目に遭わされるか知れたものじゃない。  そう思って佑也は躰を硬くした。 「まったく、きみは反骨精神が旺盛だ」  称賛を浴びせるように、ぱんぱん、と両手が打ち鳴らされた。 「心ゆくまで啼かせるのも捨てがたいが。今日のところは手心を加えてあげよう。性技における科目のひとつである口淫に熱心に取り組んだことに免じて」  ツムジにキスが舞い落ちた。心臓が跳ね、その直後、衣ずれが離れていった。  右足を微妙にひきずる癖がある足音が、〝檻〟の片隅に設けられた浴室の方向に遠ざかっていく。

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