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第29話
欲望が身内にくすぶり、インジケータが振り切れる。これ以上、おあずけを食らったら気が狂う。もう、なりふりかまっていられない……!
「いれ……挿れ……」
「聞こえない」
「ヤらせてやるから、挿れろ……!」
「茶道しかり弓道しかり。おねだりするにあたっても、それなりの作法というものがある。『挿れてください』──復誦しなさい」
「『挿れさせてください』って、てめえが土下座して頼むのが筋だろ……っ!」
ふっ、と忍び笑いが後れ毛をそよがせた。橘がアスコットタイを手首に巻きつけてきた。ゆるく、縛る。
そして呪文を唱えるような、のっぺりした口調でこう囁く。
「『両の腕 を縛められていたがゆえに不可抗力だった』──さあ、これで屈従するにやぶさかではあるまい」
佑也は首 をめぐらせた。きっ、と橘を睨 めすえた。
その間も疼きは強まっていく。充溢を貪って楽になりたい気持ちと、敵愾心が胸中でせめぎ合う。
一度、ぎゅっと目をつぶった。深呼吸ひとつ、こくりと頷いた。
いい子だ、と目を細めると橘はベッドに横たわった。ウエストに手を添えて佑也を抱き寄せると、悪戯っぽく瞳をきらめかせた。
「馬乗りになって自分で挿れてごらん」
「な……っ! そんなみっともない真似、嫌に決まってるだろ!」
「騎乗位も難易度が高いのか。では、仰向けになって膝の裏を抱えて腰を浮かせなさい」
「靴くらい脱げよ。失礼な男だな」
声を荒らげて、マットレスに投げ出された足を蹴った。違和感を覚えて、目をしばたたいた。
なんだろう、むこうずねにしてはあの異様な感触は。もともと血液自体が通っていないような、セラミックとシリコンの化合物のような、硬質なそれは。
それに……と、じろじろと眺め回す。ルームシューズというには、橘が愛用する品は、ウイングチップ風のかっちりした造りだ。
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