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焔(続編)5
「――そうだな。おめえが帰ると言ったなら……送る送らない以前に何故だと訊いただろうよ。だってウチに来たいと言い出したのはおめえだぜ? 来てすぐに帰りたいなんて聞けば、理由を知りてえと思うだろうが」
そう返すと紫月はホッとしたようなツラで、「確かに!」と言って笑った。そして、俺にとってはまたもや衝撃的な言葉を投げ掛けてきた。
「なあ、遼二さ……。俺、クラスの連中からも毒舌とか直球とか言われてっけどもよ。実際当たってると思うのよね。思ったことを溜めとけねえっつかさ、例えば欲しいモンがあれば欲しい、手に入れたいって思っちまう。特にそれがこの世に二つと無い貴重品の場合なんかは――さ」
「――いいんじゃねえか? それこそお前らしいじゃねえか」
「そう思う?」
「ああ。確かに欲しいモンがこの世にたったひとつっきゃ無え貴重な物だってんなら、手に入れたいと思う自体は誰にでもある素直な気持ちだろ? それをはっきり言えるおめえがおかしいとは思わねえさ」
「そっか、そうね。んじゃ言っちゃう。俺さあ、お前を|他所《よそ》のヤツに盗られたくねえって思ってさ。例えそれが超親友って言える冰でも――な」
「――――?」
一瞬、言われている意味を理解するのに時間を要してしまった。つまりは何だ、こいつは俺に惚れた――とそう言っているわけか。
「お前、女じゃ勃たねえっつったろ? だったら俺なんかどう?」
「どう……って」
「ヤってみねえ? 俺と――」
「ヤる――だ?」
「そ! 案外相性いいかもだし。まあ、おめえが俺ンことめさめさ趣味じゃねえってんなら無理強いはしねえけどさ」
あっけらかんと言い放つ。この世に二つと無いモノには違いないが、まるで美味そうな食べ物を試食したいような軽さで言われても、正直なところ面食らってしまう。
「あのな、紫月――」
「うん?」
「俺は食い物じゃねんだ。ちょっと美味そうだから味見してみたいってな感覚と一緒にされてもな」
「やっぱ俺が好みじゃねえ?」
「いや、そういうわけじゃ……。ただもっと――その、欲しいモノってのが好いた惚れたって意味ならば真剣に考えろと言いたいだけだ。てめえは軽いノリでヤるなんて言うけどな、そういうのはもっとちゃんと――心からこいつが好きだと思えるような相手に出逢うまで大事に取っとけと思うがな」
「俺、本気で好きだけど? お前、イイ男だし誰かに盗られる前に俺のモンにしてえって、すっげマジで思うけど」
はぁ……。
冗談なのか本気なのか、彼特有の軽口が真意を濁らせる。ある程度本気なのだろうことは分かるが、では実際、俺自身はこいつのことをどう思っているのか、抱きたいほどに興味があるのかと考えればすぐには答えが浮かばない。
そこで考えてみることにした。もしも紫月が冰のような目に遭っていたとしたら俺はどう感じるだろうか。もちろんクラスメイトだし、俺にできる全力で助け出してやりたい――そう思うだろう。
だが、何故だろう。そう考えた瞬間に胸が異様に逸るような気持ちになった。
もしも――冰が安泰で、この紫月があんな目に遭っていたとしたら――俺は酷く憤って、正気ではいられない気がする。是が非でも一緒に車に乗って自宅前まで送らなければ安心できない。運転手に行き先を告げて一人で帰すなど有り得ない。首根っこを引っ掴んででも送り届けるか、あるいは帰さずにここに泊めようとさえ思うかも知れない。
思わず湧き上がった衝動に、自分自身で驚きを隠せなかった。
俺はこの紫月に対して冰には感じていない別の感情を抱いている――そう思えるからだ。
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