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焔(続編)6

 初めてこの紫月に会った時、酷く懐かしいような郷愁めいた気持ちになったことを思い出す。そう――ヤツのツラや雰囲気があの人に似ていたからだ。  柊麗(ひいらぎ れい)、親父と不義密通の関係にあった男――だ。  親父と麗さんが密かに愛し合っていたせいで俺たちの家庭は崩壊した。麗さんの妻は船舶の往来が激しい香港の湾に身を投げて自殺し、俺のお袋は発狂して息子の俺に抱かれようとまでした。挙句は親父と共に銃撃に遭って逝った。  正直なところあまり思い出したくはない惨い記憶だ。  そんな麗さんを思わせるこいつ――紫月を見ていると、自分でも説明しようのない感情が胸を揺らす。  モヤモヤとし、苛立って理由もなく当たり散らしたくなるような感情であったり、それとは裏腹にこの手の中に閉じ込めて何処にも逃したくはないといったような逸る気持ちが俺を不安定にする。  もしもこいつの誘いに乗って、身体を重ねてみたのなら――この奇妙な気持ちを鎮める答えに辿り着けるのだろうか。妻子がありながらにして不義を選んだ親父と麗さんの気持ちを理解することができるのだろうか。  ふと、俺は漠然と探し求めていた答えにぶち当たったような気持ちになった。  そうだ――俺が知りたかったのはこれだ。親父と麗さんが俺たち家族を裏切ってまで抑え切れなかった、互いを求めるその感情。  もしも誰かを本気で愛したのなら、人間はどんな気持ちになるのかという――俺が知りたかったのはその答えだ。  紫月を抱けばその答えに辿り着けるのだろうか。香港を離れたあの日以来、ずっと心にわだかまって止まずにいたこの感情の捌け口が見えるとでもいうのだろうか。  迷っていた。  俺は何故だろう、転入の日からずっと――時折この紫月をめちゃくちゃにしたいような衝動を覚えていた。この脳天気な明るさを側で感じる度に、心のどこかが掻き毟られるような気がしていた。  常に軽口で自信満々なこいつの鼻っ柱をへし折って、目の前でひれ伏せさせてみたい。立ち直れないほどに酷い抱き方をして、めちゃくちゃに嬲ってみたい。  その時の――絶望に暮れたこいつの顔を見た時こそ、胸の隅に燻っているやり場のない気持ちに決着がつけられるような気がしていたのだ。  こいつが麗さんを思わせるから――俺たち家族の平穏をぶち壊した麗さんを思い出させるから、俺はこいつをめちゃくちゃに踏みにじってみたい。  ああ、そうか。俺は――麗さんを憎んでいるんだ。俺から両親を取り上げたあの麗さんを恨んでいる。  今の今まで思い付きもしなかったことだ。紫月が――こいつが寝てみようなどと言ったせいで、俺はその思いに辿り着くことができたような気がする。  奇妙な気持ちだった。  ずっと心の隅でモヤモヤとしていたものがすっかり晴れた気分だ。  そう、紫月には何の罪もないのだ。俺が踏みにじりたいのは麗さんであって紫月ではない。そう思ったら何故だろう、急に泣きたいような気分にさせられた。  目の前にいるこの紫月に縋り、思い切り抱き締め、そして抱き締め返されたい。そんな欲望が胸を逸らせる。あの頃――香港にいた頃から親父とそっくりだと言われ続けたこの俺。そんな俺が麗さんによく似たこいつを抱けば、当時の親父と麗さんの気持ちが理解できるような錯覚に囚われてもいた。  だが、こいつは麗さんじゃない。俺は親父でもない。面構えや雰囲気が似ていたとて、まったく別の人間だ。 「――紫月、やはりそういうのは、心から大切だと思えるヤツに出逢うまで……」  大事にとっておけ――そう言いたかった。が、上手くは言葉にならなかった。  頭で考える意思とは裏腹に、気付けば俺の手は紫月を抱き寄せんと無意識にヤツの頬を撫でていた。 「後悔――しても知らねえぞ」  思っていることとは真逆の言葉が俺の意思を無視するように口をついて出る。既に頭の中は淫らな妄想であふれていた。  身体はもはやとめようもない欲情で膨れ上がり、考えることはただ目の前のこいつにすべてをねじ込んで、熱く渦巻くこの欲をぶち撒けたいというのみだ。  そんな思いのままに、まるで乱暴に抱き寄せた肩は思っていたよりも華奢で、わずかにも力を込めれば壊れてしまいそうなくらいに繊細だった。

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