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螺旋階段は同じ所を通らない(6)
映像が停止する。宮下はDVDを取り出し、笑いながら息を吐いた。
「もう二時間経ってる。一気に見ちゃいましたね。疲れなかった?」
「確かに集中力続かなかったな。……宮下くん、悪いんだけどさ。そのDVD貸してもらっても良いか? もう一度しっかり見たい」
「ええ、喜んで。あと、実はもう一枚DVDがあるんです。もちろんスパイラルのライブ映像なんだけど、これも良ければ一緒に見ようよ」
「おお、良いね。こっちは割と最近のライブなんだな」
「そうなんです。でも、取りあえずは休憩しようか」
手を付けていなかった菓子折に、二人して狙いを定める。真壁はアーモンドフロランタンを、宮下は謎の和洋菓子を手に取り口に運んだ。アーモンドフロランタンは、予想の付く香ばしい味だった。宮下の様子を窺うと、口に入っているものの正体を探るような目つきをしながらも、唇が弧を描いている。少なくとも彼の口には合ったようで、真壁はほっとした。
「そういえば、真壁さんがスパイラルを好きになったきっかけって何ですか? やっぱり曲?」
宮下はお茶を飲みながら、心地の良い低音を弾ませて尋ねてきた。彼にとっては何気ない質問かもしれないが、真壁にとっては本音と建前を使い分けなければならない、気を遣う必要のある話だった。
真壁が特に彼らの曲に入れ込むことになったきっかけは、大学時代に思い出したくもない苦い出来事を経験したことだ。
細かな経緯は思い出したくもない。その時の真壁は望まぬ形で周囲に自らの性的指向を知られ、大きな精神的苦痛を受けた。更に、この出来事によって、恋人や友人という存在が真壁にとって恐怖の象徴になった。仲の良かった会社の同期と疎遠になったのも、今連絡を取り合う友人が宮下しかいないのも、その出来事に起因して真壁が人間不信になったからだ。
人を信じられなくなるだけなら、まだましだった。不幸なことに、真壁は孤独に耐えられるほど強い人間ではない。誰かと近づきたいという想いと恐怖の折り合いが付かずに、数年苦しみ続けた。人との付き合いが上手くいかなかったときに感じる寂しさを紛らわすため、寝ながら聞いていたのが件のバンドの曲だった。
彼らの曲の歌詞には「君」以外の二人称が使われることがないため、解釈が多様で、性別に関係なく感情移入しやすい。彼らの曲を聴く度に、味方が誰も居ない中、自分の気持ちに寄り添ってくれているような心強さを感じて、今まで何とか生活を続けてこられたのだ。
「なるほど、きっかけはご両親からだったんですね。だから真壁さん、デビュー当初の曲に詳しいんだ」
「宮下くんこそ、何か好きになるきっかけがあったのか?」
「実はスパイラル好きだなって思ったの、かなり最近なんだ。それまでは、友人が好きだったからライブに同伴してただけだったんですよ。その人とは色々あって絶交というか喧嘩別れしちゃったんだけどね。それから一人になっても、惰性で聞いてライブ行ってた感じなんです、お恥ずかしながら」
宮下は一目で分かるほど萎縮していた。惰性でライブのチケットが当たるなんて羨ましいと言うほかない。真壁は八年ファンをやっていて、一回しか参加できたことがないのに。
それよりも、真壁には腑に落ちないことがあった。宮下がスパイラルを好きになったという『最近』がいつのことなのか見当が付かない。ホールで会ったとき、彼は真壁にファンの特徴を話してくれるほどには詳しかったのだから。
「最近っていつ? 俺とライブで会う前?」
「いいえ。ライブの後、真壁さんと曲の話したでしょ? あの時すごく楽しくて、結構喋れた自分に驚いたんです。好きだって自覚したのはその時だよ」
「え? 友達とはバンドの話してたんじゃないのか?」
「友人は過激派のファンだったので、下手なこと言ったらしばき倒されることが多かったんです。彼と曲の話をしても、然程好きでもないのに適当言うな、って良くどつかれてた。だから俺、自分がファンだっていう認識が薄かったんです。この程度で名乗る資格はないなって思ってたんだよ」
スパイラルのファンは基本的に寛容な人が多い。これはライブで会ったときの宮下の言だが、どんな物事にも例外は存在する。宮下の元友人は、よりにもよってその例外だったというわけだ。
「へえ。俺、宮下くんは会ったときから相当なファンだと思ってたよ。ライブのときもアドバイスをくれたし、今日だって最初期のライブのDVDを持ってたじゃないか」
「……そうかな? そう言ってもらえるなんて嬉しいな」
真壁が正直な感想を述べると、宮下はふふんと得意気な顔で笑った。彼の謙虚なイメージに合わない生意気な顔を見るのは二回目だが、不快感は全くない。寧ろ愛嬌があるし、たまには見てみたいという気になる。……これも整った顔の為せる技なのだろうか。
「……あの、真壁さん。俺の顔に何か付いてますか?」
真壁がまじまじと顔を観察してくるからか、宮下は戸惑っていた。一言謝ってから、何と言うべきかと真壁は思案したが、正直な気持ちを話すことにする。
「宮下くんのさっきの顔、良いなって思ってさ」
「ええ? 俺、どんな顔してたんですか」
「ちょっと生意気なのに、全然嫌な気分にならない顔」
「……それ、本当は気分を害するほど嫌な顔だったって意味?」
「違うって。生意気な中にも親しみやすさがあったってことさ。宮下くんって意外と捻くれてるんだな」
「……ほっといてください」
宮下はふて腐れてそっぽを向く。少しからかいすぎたか、と真壁は反省した。
ただ、あの得意気な顔を見て、真壁は確信できたことがある。宮下が惰性でライブに参加していたというのは半分嘘だ。
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