7 / 20
螺旋階段は同じ所を通らない(7)
宮下は謙虚だ。しかし、「俺のことを信じて下さい」と度々口にするくらいには、彼が自信に満ちた人物であることもまた確かだった。そんな彼が、自分の好きなものに対する熱意を「然程でもない」と評されたのだから、少なからず思うところがあったはずだ。宮下は元友人への対抗心があったから、ライブへの参戦を続けていたのだろう。彼の負けず嫌いな一面が垣間見える。
先程の得意気な顔といい、今のふて腐れた態度といい、宮下には結構可愛げがある。身長一八〇センチオーバーのイケメンに抱く感情ではないかもしれないが、笹原も以前、宮下の笑顔を可愛いなどと言っていたので、何もおかしいことではないはずだ。
「意地悪しすぎたな。捻くれてるってのは言い過ぎたよ、ごめん」
「大丈夫。失望されるのには慣れてるので」
「失望って……大袈裟だよ。人間味があるなって思っただけ」
宮下は尚もいじけた表情のままだ。真壁は自分の失言を後悔しながらも、宮下の発言に、気味の悪い引っかかりを覚えていた。
……失望されるの慣れてるって、ちょっと嫌味じゃないか? 元々期待されてたことを自覚してるって事だよな。人から期待されたことがない人間に、その気持ちは分からないんですけど……。
真壁の卑しい根性が頭を出した。宮下にチクリと刺してやりたい気持ちが芽生えるのを止められない。
「俺みたいに人望ない奴なんて、失望される余地もないよ。期待してもらえてただけマシなんじゃないのか?」
宮下の怪訝そうな顔を見た途端、真壁の頭は冷や水を被ったように一気に冷静になった。
真壁のしたことは八つ当たりだ。宮下の言葉を受けて勝手に卑屈になった挙げ句、妬みの感情を消化できずに彼にぶつけたのだ。……みっともないどころの話ではない。
「ごめん、言い過ぎた」
「俺も真壁さんを見る目が変わったよ。結構僻みっぽいんだね」
「……悪かった」
宮下が呆れた表情のまま吐き捨てた言葉は聞き捨てならないものだったが、真壁は押し黙った。「僻んでねーよ」と言い返してやりたいところだったが、僻んでいたのは事実だし、そう言われても仕方のない振る舞いをしたのは自分だ。宮下と目を合わせるのが気まずくて、艶のあるフローリングを見つめ続けることしかできない。
一人暮らしの男の家とは思えないほど、清潔で無駄のないリビングだ。今日の来客のために、家主が態々手間をかけて掃除をしたのだろう。益々自己嫌悪の感情が募っていく。久し振りに気兼ねなく話せる相手ができたから、気を許して甘えすぎてしまった。短所を曝け出すだけでは飽き足りず、相手を不快な気分にして悪印象を残してしまった。こんなことになるのなら、僻み根性を宮下に知られる前にフェードアウトしていった方が遥かにましだ。
真壁に宮下以外の友人がいないのは、仲を深めた相手との距離感を見誤る事が多かったからだ。相手や周囲に変に思われて噂をされていないか常々気になり、当の友人のことも信用できなくなって、段々連絡を取る頻度を減らしていった。それを四年もの間繰り返していた。
今は違う。真壁は宮下に疑念を一ミリも抱いていない。……ちょっと僻んで妬んではいたけれど、彼のことを信用している。この友情を壊したくないと思っていたのに。
宮下の顔色を窺う。ばつが悪そうに頭を掻いていた。もう一度謝ろうと口を開くと、宮下はそれを制して頭を下げた。
「ごめんなさい。子どもみたいな態度を取ってしまって」
「俺がみっともなく八つ当たりしたのが悪いんだ。ごめんな」
「違うんです。真壁さんは謝ってくれたのに、ずっといじけた態度を取った俺が悪い。いつもだったら、こんなにモヤモヤすることはないのになあ」
お互いに謝罪を何度も積み重ね、雰囲気がどんどん停滞していく。宮下は申し訳なさそうに、気恥ずかしそうに笑った。真壁に気を遣わせないように、無理をしているように見える。内心に芽生えた罪悪感が、ますます増幅していった。
「ごめん、俺が」
「本当に違うんだよ。俺が本当に、意地悪い奴だっただけなんだ。……こんなこと言ったら嫌われるから、黙ってようと思ったんだけど。俺、真壁さんに同じ気持ちを味わって欲しいと思っただけなんです」
「……同じ気持ち?」
意図が分からないまま真壁が鸚鵡返しすると、宮下は暗い表情でため息を吐いた。
「そういう人だとは思わなかったって言われると、嫌な気持ちになりませんか? 俺、知り合って暫く経った人から、期待外れだって言われることが多いんだ。会社でも、プライベートでも」
年下の友人は、話しながらどんどんむくれていく。そんな不機嫌な表情でもいじらしく見えてしまうのは、真壁が彼に好意的な感情を抱いているせいかもしれない。
「第一印象が良いから、他人が勝手に期待するってことか? 宮下くんは仕事ができそうとか、性格が良さそうとか」
「その通りです……! 意外と仕事できないんだねって言われたり、意外と卑屈なんだねって言われたり……その度に、期待に応えられなかった自分が嫌になる」
宮下は失望されるのには慣れていると言っていたが、失望されても平気というわけではないのだろう。恐らく今まで相当気にしていたはずだ。宮下の謙虚な態度は、無闇に期待されたくないという感情の表れなのだと真壁は納得した。
だというのに、「期待されてただけ恵まれている」と宮下の気持ちを軽んじてしまったのだから、真壁は自らの言動に恥じ入ることしかできなかった。
「イケメンは減点法で評価されるってやつか。期待されるのも良いことばかりじゃないんだな。それも知らずに、適当言って悪かったよ」
「……イケメンかどうかはともかく、第一印象は良いってよく言われます。ハードルを上げられているようなものなので、恵まれてると思ったことはないですけど……だからって、真壁さんに酷い言葉をかけて良いわけじゃないです。ごめんなさい」
宮下は頻りに頭を下げている。真壁が僻んでいたのは事実なので、そこまで謝罪されると余計に胸が痛んだ。
「宮下くんは事実を言っただけだろ。酷いことを言われたとは思わなかったよ。ちょっとカチンと来たけどさ」
「……事実、事実か。そうか……」
宮下に顔を上げさせるべく、真壁は笑顔で茶化した。それなのに、宮下はどんどん顔色を悪くしていく。いつもの爽やかで人好きのする表情からは想像もつかない状態だ。
「仕事ができないのも、俺の性格が捻くれてるのも事実ですよね……自分が力不足で挽回できてないのが悪いのに、俺、すごく自分勝手で我が儘なことを考えてました……」
「そうか? 俺は宮下くんが仕事できないなんて思ったことはないよ。説明も分かりやすいし、宮下くんにやってみてくれって言われたことを実行したら売上も上がった。まだ社会人三年目なんだろ? ちゃんとしてると思うよ」
真壁が日頃思っている素直な感想を口にすると、宮下は縋るような目で見つめてくる。……彼を守ってあげたい、慰めてあげたいという気持ちが、真壁の胸に宿った。
ともだちにシェアしよう!

