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この世に完璧なものは存在しない(6)

「揶揄ってくる人がいないから開放的になっちゃいましたね。今までの話、不快だったらごめんなさい。真壁さん優しいから、昔からついつい好き勝手話し過ぎちゃうんですよねえ」 「こっちとしては、お前とは馬が合わないってことがよく分かったから大きな収穫だったよ。俳優の趣味は良いのにな。俺の反応を見るために写真出したのか?」 「そうですね、ありのままに話しても嫌がられないか試したところはあります。でも、大学時代には合わないってことすら分かんなかったんだから、本当のことが知れたのなら、あたしはその方が良かったと思ってます。出来れば正規ルートで知りたかったですけどね」 「卒業したらそうするつもりだったんだけどな。上手くいかないもんだ」  大なり小なり、みんな何かしら隠して生きている。過去や秘密を打ち明ける行為には少なからずリスクが伴う。自分や相手が傷ついたり、共同体での立場を失ったりする。  であると互いに分かる状況であれば別だが、人間性と信頼度と親密度、そしてタイミングの全てが揃っていなければ、別の枠組みの中で生きる人に秘密を開示しようと踏み切ることは出来ない。例えば宮下は結果としては同じ側の人間だったけれども、そういう貴重な人間だったのだ。 「そういや話したいことがあるって言ってたけど、何だった?」 「真壁さん元気にしてるのかなーって心配してたんですけど、よく考えたら大丈夫そうだったんで、そこに触れる必要はないかと思って」  仲良い人がいたみたいですし、と南は付け加えた。以前会ったときの、宮下のことを言っているのだと分かった。 「一人寂しく生きてると思ってたってことね」 「まず命があったことにほっとしたというか」 「野垂れ死にしたとでも思ってたのか?」 「あなたと似たようなことをされた人が自死したって話を聞いたことがあるので」  真壁は彼女の表情が硬くなるのを対岸の火事のように眺めていた。そういう逃げ方もあったのか。あるいは、そういう逃げ方しかなかったのか。そんな手段、想像したこともなかった。 「んなこと考えたこともなかったし、やらなくて良かったよ。好きなバンドのライブのチケットも取れたしさ、死んだら会えなかった人もいるし」  受けた苦しみが等量だとしても、何か一つでも支えになるものがあるだけで違う。真壁の場合は好きなバンドの曲が支えだったし、それが今は宮下に変わった。友人や家族がその位置に収まる人だっている。ただ、一人では太刀打ちできない大きな苦しみを感じたとき、その支えが機能するかどうかは運なのかもしれない。 「この話は終わり。何言われようが知ったこっちゃないってくらい心が強い訳じゃないけど、俺にとっては今の生活が一番大切なんだよ。大事にしたいって思える人のことをきちんと見て、一緒に歩いていきたいんだ」 「そりゃ良かったですね。心配するだけ無駄でしたわ。お幸せにって感じです、本当に」  双方義理は果たしたと言わんばかりのすっきりした表情だった。店を出て、南と別れて地下鉄に向かった。  自宅には真っ直ぐ帰らず、途中の駅で降りる。時刻は午後九時、まだ寝入るような時間じゃあない。出てくれるかどうか不安になりながら通話ボタンを押し、呼び出し音が途切れた後、ややあって「なんですか」といじけたような恋人の声が聞こえてきた。「今からそっち行くね」というご機嫌取りのような文句が彼にどう受け取られたかは分からないが、承諾の意を示しているのであろう簡単な返答を最後に電話は切れた。  今日を迎える前までの恋人の狼狽した姿が、足取りを忙しくする。軽率な行いをしてしまったと、今更ながらに反省した。逆の立場だったら自分は……泣く、まではしないけれど、とても不機嫌になるだろう。  相対した恋人は想像よりも穏やかな様子だった。いつも通りに真壁を出迎え、いつも通りにリビングのソファに腰かける。 「俊明さんどうしたの? 隣どうぞ」  平常状態でいられると、逆にどう振舞っていいものか分からなくなる。身勝手な話だが、唯でさえ申し訳なさが募っているというのにますます心が塞ぐ。 「……怒ってるかなって思ってさ。今日はごめんな。我慢してくれてたけど、本当は嫌だったんだろ」 「別に怒ってないですよ。それに、やっと落ち着いたし」  背後で立ったままの真壁に顔を向け、細やかに笑いかけてくれる恋人の表情には綻び一つ見られない。けれど、「やっと」という言い回しには、その前に荒れた状態が存在したことを示唆している。 「やっぱり怒ってたんじゃないの?」 「だから怒ってはないですって。いいからどうぞ、座って下さい。せっかく来てもらったのに立たせるのは申し訳ないんで」  平静を取り戻したという愛しの恋人にまた機嫌を損ねられたら困るので、真壁は反抗せずに言われたとおりにした。真横に座るのは気が引けたので距離をあけて右端に座ったのだが、宮下は真壁の肩や腰にぶつからんとする勢いで隙間を詰めてきた。 「離れることないのに。意地悪だなあ」 「遠慮してんの。ご心配おかけして申し訳ないって思ってるから」 「申し訳ないって少しでも思ってるなら、なんかしてくれてもいいんじゃないですか?」 「……そうだね」  宮下の言う「なんか」が愛情表現に類するものだということは分かっている。しかし、真壁としては宮下の言い分に安易に甘えて良いものか迷っていた。抱きしめるとかキスするとか、それで宮下が癒されるのなら、もちろん幾らでもやる。けれど、言われてやったという感じになるのは本意ではない。それに、ただ彼の言うことを聞くだけでは、十分な謝意を表せない気がする。うだうだ考えているうちに痺れを切らした宮下から徐々に体重をかけられて、体が右に傾いていった。  罪悪感に身を浸すことにある種の心地良さを覚えている今の状態が良くないことは分かっている。本当に大事なのは、後悔を噛みしめることでもへりくだることでもなく、その先だ。早くしてよ、と態度で示してくる宮下に今すぐ抱きついて応えることだ。  崩れた態勢のまま、横に並ぶ彼の手を上からぎゅっと握る。顔を向けると、すぐそこに端整な顔立ちがあって、じっと真壁を見つめていた。吸い寄せられるようにキスして、彼の肩にしがみつく。息を漏らしながらのしかかる体を支えきれず、ソファに背中がくっついた。

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