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この世に完璧なものは存在しない(5)

「良いところですね~! ほらこの、生搾りフルーツカクテルとか美味しそうじゃないですか!」 「飲んだことないから分からんけど、そうだな。俺も頼もうかな。ライチグレープフルーツにするよ」  飲み物をオーダーしてからは料理の話で手いっぱいになった。全部食べたいと無茶を言う南を宥め、以前食べた中で美味しかったものを紹介しつつ、南の判断に委ねる。パプリカやオクラがごろごろ入っている野菜たっぷりアヒージョ、なすのボロネーゼグラタン、トウモロコシの揚げ物等の中に例のピザも追加で挙げた。南は怪訝そうに写真を眺めていたが、ものは試しということで注文を承諾してくれた。初めてここを訪れたときの自分と重なるものを感じて、真壁はひとり苦笑した。 「揚げ物美味しい~……カロリー高そうな料理でも罪悪感なく食べられますね、野菜だし。健康に良さそう」 「健康はともかく罪悪感という視点はなかったわ。女性の方がそういうの気にしてるんだろうな」 「でも、そもそも美味しいし変わった品目もありますし、男女関係なくこういうの好きな人は多いと思いますよ」  食と酒は人の口を滑らかにしてくれる。南が一か月前に名古屋にいた理由を自然な流れで訊くことができた。社会人になってから観劇趣味に目覚めた南は、あの日も公演のために名古屋に来ていた。普段は公演数の多い東京会場の抽選に臨んでいるそうなのだが、あのときは運悪く落選し、名古屋会場しかチケットが取れなかったらしい。真壁がここらに居を構えていることを誰かに聞いて探しに来た、というわけではないようだった。  真壁は胸を撫でおろしてから、自分のネガティブな思考回路に呆れ果てた。「探しに来る」って何だ。さすがに被害妄想が過ぎるし自意識過剰だ。南だって幾ら真壁と仲が良かったとはいえ暇ではないのだから、不確かな目撃情報で交通費までかけて遠方へ訪れるわけがない。真壁に悪感情を抱いているならなおのこと、そのような労力を払ったりはしないだろう。過去に連なるものは自分を害する存在であるという、呪いとしか言いようがない思い込みが全身に刻み付けられているのを感じて気分が悪い。  生絞りカクテルに沈んでいる、白玉のようにつるんとしたライチを付属のスプーンですくい取り、口の中に放り込む。大きな赤茶色の種はきちんと取り除かれており、瑞々しい甘みが口中を潤す。咀嚼した果実を飲み下すと、胸に滞るもやもやしたつかえも一緒に胃の中に落ちていった気がした。 「今日も観劇のついでだったのか?」 「半分はそうですね。今回は会場選定からして名古屋を最優先にしていたので。チケット取れて良かったです」 「苦労させて悪かったな」 「いえいえ、当落の時はいつも苦労してるので」 「観劇のどう言うところが好きなんだ? やっぱ演出とか?」  ここでアヒージョが運ばれてきたので、二人の会話は一時ストップした。湯気を上げながらぱちぱちと弾けるオリーブオイルの中に、緑と赤のオクラやパプリカたちが所狭しと埋められている。歓声を上げながらスマホで写真を撮っていた南は、流れるように真壁へスマホを差し出した。 「内容もそうですけど、推しの俳優さんがいるんです」  画面の中には一人の男の写真があった。見たことない顔だが、白い肌と切れ長の目、通った鼻筋は整った顔を形成している。清潔感のある雰囲気は、どこか宮下を思わせた。顔が似ているというわけではないが、好印象ではある。 「へえ、男前だな」 「演技も歌も上手いんですよ。……まあ、顔はタイプってわけではないんえすが」 「結構カッコいいのに?」 「普段はもっと濃い顔の方が好みなんです。味が薄めの涼しげなイケメンも悪くないですけど、心に残らないというかすぐに飽きそうというか」  南の自分に正直なところは基本的に美点であると真壁は捉えていたし、それが変わっていないのは何よりだったが、意見が対立した場合に限っては話が別だ。心に残らない? 否。すぐに飽きそう? そんな馬鹿な。「お前は何も分かってない。爽やかなイケメンがたまに崩れて人間臭いところを見せるのが良いんじゃないか!」と捲し立てたくなるのをなんとかこらえる。真壁の脳裏に浮かぶ「爽やかなイケメン」は、俳優の何某ではなく恋人の宮下だったからだ。私情を多分に含んだ惚気を展開するのは気が引ける。  そもそも、この手の話題に自分から突っ込むのは危険だと真壁は弁えていた。南が真壁の性質について知っているとはいえ、彼女がそれに対してどのような捉え方をしているのか、どういう感情を抱いているのかは未だ分からないのだ。あからさまに男への好意を表出すると、微妙な空気を醸成する恐れがある。……既に俳優の何某を「男前」「カッコいい」と評してしまっているので手遅れかもしれないが。 「贅沢っつーか……不遜だな」 「付き合えるって前提で考えてませんよ! 外野で眺める分にはどっちが好みかって話です」  南の言うように、真壁と彼女では「好みの人」に対する視点が違うのだろう。真壁は「その人の横に立ったなら」という妄想を南がしているだろうということを念頭に置いて話をしていたが、南は鑑賞者としての立ち位置を崩さなかった。冷静で現実的かも知れないが、夢がないし容赦もない。 「……真壁さんは、こういう見た目の人は好みなんです?」  うんと声量を下げて耳に届いたその言葉に、喉の奥が痛くなる。咳き込むのを無理矢理抑え込んだせいだ。涙の膜が張る。図星を突かれたし、水を向けられるとは思ってなかった。更に言えば、彼女がこの類の話を続けること自体が予想外だった。  南は大学時代、そういう話をしようとさえしなかった。タイプがどうとか好みの男とか、恋バナに繋がるような話題を。だからこそ真壁も居心地が良かった。自分が普通じゃないことを隠しているという後ろめたさを意識する必要がなかったから。 「お前ね、多少は遠慮しろよ」 「すみません、出過ぎたことを言いました。忘れてください」 「深刻に受け取らないでくれ。好きな俳優の話とか好みの顔の話をお前がするとは思わなかったから驚いただけだわ」 「あーそういうことですか。大学時代に濃い顔の人が好きって周りに知られたら、「真壁さんとは違うね~」って言われてたに決まってるでしょ。マジで嫌ですわ。真壁さんも嫌でしょ?」 「そりゃあな」  南は率直な人間だった。他者への好意を隠さない。自分が良いと思った他人の美点はすぐ褒める。美点なら何でも良いというわけではなく、誰にでもそうするわけではない。「歌が上手い」「声が良い」「謙虚である」などの条件みたいなものがあって、それに合致した人間がターゲットになる。大学時代はそのターゲットが、同じアカペラサークルに所属していた真壁だったのだ。相手の良さを臆さず伝える南とその対象であった真壁が揶揄いの対象になるのも、自然なことと言われればその通りだろう。とは言え、何度か本人に言われていたことではあるが、南は真壁への恋愛感情は毛ほども持ち合わせていないようだった。

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